メイン

アリババが四十人の盗賊 アーカイブ

2006年04月18日

アリババが四十人の盗賊 ライターズ・カット版

・本番も終えたことだし、私が書いた今回の脚本を公開する。

・実際に上演されたものとは異なる部分がかなりある(納得いかないまま、演出家によって却下されたアイデアや、カットされたセリフをすべて復活させている。つまり実際に上演されたものは演出家による、この冊子にあるのは脚本家による、「アリババが四十人の盗賊」である)。

・もともとは私が書いたものだが、稽古の過程で演出家や役者のアイデアを取り入れ、かなり改良が加えられている(セリフはすべて私の言葉だが、ト書き部分、とくに8場のト書きの多くが役者のアイデアに負っている)。


   上演データ

二〇〇六年四月十四~十六日 桜島有村崎・特設テント
演出 谷口和成
役者 テロリスト秋山・・渡辺宏昌
   テロリスト近藤・・鮫島伸一
   テロリスト里美・・浅田明音
   堀左衛門・・外山恒一(緊急代役)
    他の登場人物はすべて役者の実名

アリババが四十人の盗賊(1)

      1.

 (桜島のフェリー埠頭から会場へ向かうバスの中)
 (車内には「シェーラザード」が流れている。
  「アリババと四十人の盗賊」の出典である「アラビアン・ナイト」を題材にした、
  クラシックの有名曲である)

 (突然、バスが止まる)
 (バスは覆面の武装集団に取り囲まれている)
 (一人が運転席に近づき、運転手に窓を開けさせる)

男 (運転手に銃口を向け)ドアを開けろ!

 (運転手、ドアを開ける)
 (武装集団のうち数名が乗り込んでくる)
 (リーダーの秋山以外は全員覆面)

秋山 静かにしろ! 抵抗する者は……。

 (スタッフの一人、死角から秋山に飛びかかろうとして、覆面のメンバーに射殺される)

秋山 こうなる。分かったらおとなしく我々の指示に従え。
 (射殺されたスタッフの「死体」を示して、配下の者に)適当に放り出しておけ。

 (配下の者どもが、死体を車外へ運び出す)

秋山 全員、目隠しをしてもらう。各自自分でつけろ。

 (配下の者どもが、客に目隠しを配る)
 (客が全員、目隠しをし終える)

秋山 我々は反芸術戦線・黒い革命軍である。
 この戦時下において、貴重な時間をこのように非生産的な、
 くだらない芝居見物に浪費する諸君のような人種は、我らの革命の敵である。
 よって諸君を拘束し、厳しい制裁を加え、いまだ戦時下の覚悟の定まらない一般人民への教訓とする。
 分かったか、と云いたいところだが、諸君の理解を得ようなどとはもちろん考えていない。
 (配下に)出発しろ。

 (バス、動き出す)

秋山 ふん。「シェーラザード」か。
 この曲とアリババのつながりを、一体この中の何人が理解できるというんだ?
 それとも、分かる奴だけ分かればいいってスタンスか? 
 前衛を気取った奴らにありがちな、教養のひけらかしだな。くだらん。止めてしまえ。

 (「シェーラザード」、止まる)

秋山 代わりにこれでもかけとけ。こいつらにはこの程度がお似合いだ。

 (長渕剛「桜島」が流れ出す)
 (移動には最低15分以上かかるため、
 続けてやはり長渕「いつかの少年」「気張いやんせ」が流れ出す。以上は長渕の鹿児島ネタ三部作)
 (それでも足りなければ「家族」「静かなるアフガン」「キャプテン・オブ・ザ・シップ」等、長くてウザいものを続ける)

アリババが四十人の盗賊(2)


      2.

 (会場に到着)

秋山 よし、到着だ。全員目隠しを外せ。

 (客が目隠しを外し終わる)

秋山 我々の指示に従って行動しろ。一人ずつバスを降りて、外の連中の誘導に従って静かに歩け。

 (客を全員客席に座らせる)

秋山 おって指示を出す。静かに待機していろ。

 (武装集団、退場)

アリババが四十人の盗賊(3)

      3.

 (暗闇の中、「シェーラザード」が流れる)
 (音楽やみ、舞台奥に川上が登場)

川上 (小声で)シーッ。お客さん、もう大丈夫です。
 (川上はずっと舞台奥にとどまり、上半身裸であちこちに傷跡。
 しばらく客から背中を見られないように注意して動く)。
 ぼくは役者です。奴らに気づかれないように、静かに、静かに。
 (ソデの方へ)谷やん、こっちこっち。

 (ソデから、手にロープの切れ端がくっついたままの谷口、登場)

谷口 川上、おまえどうして無事なんだ?
川上 話せば長くなります。
谷口 じゃあ……。
川上 じゃあ(は谷口のセリフと重なる)話すなというお約束のかけあいはナシで、自慢させてください。
 フェリーの上で、お客さんの中に、ぼくの理想を絵にかいてワックスで磨いて美術館に飾ったような
 美しい女性を発見した私は、ある種尿意にも似たいわく言いがたい感覚を生じ、
 この問題を抜本的かつ速やかに、また秘密裏に解決すべく、急ぎトイレへ駆け込んだのです。
谷口 一発ヌこうとしたんだな。
川上 まさに抜本的解決。
谷口 本番前に何やってんだ。
川上 本番前だからこそ緊張していたのです。
 トイレに駆け込む途中、なんだか怪しげな、特殊部隊みたいな男たちが何人か、
 物陰から我々の出し物を監視しているような様子に気づき、ちょっとイヤな予感もしましたが、
 ぼくは目下喫緊の問題を抱えておりましたので、
 やむなくその場は見て見ぬふりしてやり過ごしたのです。
谷口 あちらさんはおまえを見とがめなかったのか?
川上 奴らの一人が何か云いかけようとして、やめたように見えました。
 ことこの問題の処理にあたらんとしている時のぼくには、気迫がみなぎっておりますから。
谷口 それで?
川上 ここからが自慢です。
 ものの数分で懸案をスピード処理したぼくは、もはや何の迷いもない澄み切った心もちで、
 ふたたびみなさんのいるデッキへ戻らんとしたのですが、トイレのドアが開かないのです。
 中から延々ドアを叩き続け、気づいた人が開けてくれた時には、
 なんと船は鹿児島市側へ引き返そうとしていました。
 ドアノブにチェーンが巻きつけてあり、誰かが意図的にぼくを閉じ込めたように思われました。
 その時ふと、さっき見かけた怪しげな男たちのことを思い出したのです。
谷口 遅いよ。
川上 何か大変な事態が生じているのではないか。そう思うといてもたってもいられず、
 幸い船は桜島側を出て間がなく、まだ堤防の内側でもあったため、
 私は乗務員の制止を振り切って、海に飛び込んだのです。
谷口 おおっ。
川上 上陸するとすぐさまタクシーを拾い……。
谷口 よく乗せてくれたな。
川上 設定に無理があるのは脚本家も承知の上なので、深く詮索しないでください。
 予定の会場へ向かう途中、道端に誰か倒れているのに気づきました。
 タクシーを止めてもらい、降りて近づくと、役者の三反田でした。すでに息絶えていました。
 (もともとこのくだりは、「役者の三反田」ではなく「スタッフの畠野」だったが、
 なんと三反田が本番2週間前に交通事故に遭って全治2ヶ月の重傷を負ったため、
 急遽、畠野が代役で舞台に立つことになったという裏事情がある。)
 私はいよいよ何か大変な事態が生じていると確信し、
 再びタクシーに乗り込んで急いで走ってもらいました。
 するとまもなく前方にみなさんを乗せたバスが見えてきました。
 そっと尾行してもらい、ここへ到着すると、奴らに気づかれないよう……。
谷口 ちょっと待て。倒れてた三反田はどうしたんだ?
川上 あ。
谷口 ……。続けろ。
川上 奴らの背後を回ってセットによじのぼり、足場の上を匍匐前進で這いずり回りながら、
 様子をうかがっていました。スキを見て奴らの一人に足場の上から飛びかかり、
 格闘の末、男の武器を奪い取ったのです。気絶した男は、物陰に放っておきました。
谷口 『ダイ・ハード』なみの大活劇だな。
川上 セットの上から、谷やんや他の役者たちが岩陰で拘束されている様子が見えていたので、
 さっそく駆けつけ、また見張りの男と格闘の末、みなさんを解放したのです。
 どうです、谷やん。これで予定どおり芝居ができますよ。
谷口 聞いていると確かに驚嘆すべき奮戦ぶりだが、どっか優先順位を間違ってないか?
川上 何云ってるんですか。
 ぼくたちは今日、ここで芝居をやる。これ以外に優先すべきことがありますか。
谷口 川上! おまえがそこまでこの公演に情熱を傾けていたとは!
 たいした役も与えていないのに……(泣く)よく云った!
 よし。野外にアクシデントはつきものだ。奴らの目的が何なのか知らんが、
 何としてでも奴らを撃退して、(客席を指さし)こいつらにおれの芝居を見せてやるぞ。
 ところで武器を奪ったと云ってたな。それはどこにある?

 (ベートーベン「第九」のサビが大音量で流れる)
 (川上、ニヤリと笑って初めて客席に背中を見せる。ガムテープで拳銃が貼りつけてある。
 (『ダイハード』のクライマックス・シーンのパロディである)

谷口 映画の見過ぎだよ!
川上 それが役に立ちました。
秋山 役に立たないよ。

 (秋山、配下の近藤と共に川上のそばのセットの陰から現れ、川上にライフルを突きつける)
 (川上、ホールド・アップ)

秋山 武器を奪え。

 (近藤が川上の背中のガムテープを勢いよく剥がす)

秋山 我々としたことが、こんな役者ふぜいにまんまとしてやられた。だが結果は変わらん。
 おまえらが今夜、芝居をやることはできない。これからおまえらを一人一人、銃殺する。
谷口 おまえらの目的は何だ? テロリストがなぜ、こんな芝居なんかを標的にする?
 おまえらの思想がどういうものだかは分からんが、
 政治家やマスコミ、大企業を標的にするならともかく、こんなさして話題にもなっていない、
 演劇公演を標的にしたテロなんて聞いたこともない。意味が分からん。
秋山 (近藤に)おい聞いたか? こいつは、自分たちの芝居よりも、政治家や大企業の方が、
 この世界にとって重要だと思っているみたいだぞ。
近藤 私にもそう聞こえました。
秋山 おまえが主宰の谷口、通称・谷やんだな。
 我々は、このくだらない世界を根本から変革するためには、例えばブッシュや小泉を殺るよりも、
 おまえらの芝居を潰すことの方が重要だと考えている。どうだ。この一点をとっても、
 おまえより我々の方が、芝居というものの重要性を認めていることが明らかだとは思わないかね?
谷口 たしかに今のは失言だった。今この国でおこなわれているあらゆる試みの中で、
 最も重要なものがおれの芝居だ。少なくともそう思えないようでは、芝居なんか作れない。
 君たちがおれの芝居をテロの標的に選んだことは、全面的に正しい。
秋山 強がりはよせ。失言の中にこそ本心が露呈するのだ。
 それにさっき私が言ったことは、いわばただの論理の遊びだ。
 我々は、おまえの芝居が重要なものだとはこれっぽっちも考えていない。
 いや、そう気を悪くする必要はない。
 我々は、おまえの芝居だけがとくにくだらないと言っているのではない。
 芝居そのものがくだらないのだ。いや、芝居にかぎった話じゃない。芸術はすべてくだらない。
 少なくとも現在、あらゆる芸術は、本当に重要なことから目をそらすための、
 息抜き、ガス抜きの役をしか果たしていない。
 とくに、おまえの芝居のような、前衛をきどった芸術はそうだ。おまえらのような者がいるかぎり、
 そしてそれを支える(客席を指して)こいつらのような者がいるかぎり、
 人々は、本当に重要な問題に向き合うことを始めない。
 我々は、芸術こそが現在、革命の最大の障害であると考えている。
谷口 言わんとするところはなんとなく分からないでもないが、
 おれはあんたの言うようなことも視野に入れた上で、
 あるいはあんたの指摘する芸術の限界なり反革命性なりを、
 なんとか突破したいという志向を持ちながら、芝居を作っているんだ。
秋山 そんなことは不可能なんだよ。とくに戦時下においてはな。
 芸術が意味を持ち得るとすれば、それは平時においてしかない。
 その最大の目的は、戦争の勃発を食い止めることだ。
 だがもう戦争は始まってしまった。おまえらは負けたんだ。いさぎよく歴史の舞台から退場しろ。
川上 あんたの言ってること、よく分からないよ。芸術の目的? そんなこと考えたこともない。
 ぼくはただ、好きで芝居をやってるんだ。
近藤 こいつ、バカですよ。
秋山 あっはっは。青年。バカを自慢するのは恥ずかしいよ。
 好きでやってるだって? じゃあ我々も、好きで芝居を潰していることにしてやろうか?
 ならば君は我々に文句のつけようがなくなりはしないかね?
 いいか青年。物事には目的があるんだ。
 かつて芸術には目的があった。君たちとくに若いものは、それを知らないんだ。
 物心ついた時には、目的を見失った芸術ばかりが、身の回りに溢れていたんだからな。
 君はつまり歴史から切り離されて生きているんだ。
 目的こそは意味の源。目的のないところには、当然、意味なんか生まれようがないんだよ。
 つまり、君たちの芝居は無意味なんだ。
川上 ぼくたちの芝居を見もしないで、どうしてそんなことが言えるんだ。
秋山 見なくても分かる。つまらないものは、わざわざ見るまでもなく、つまらないと分かるんだよ。
 我々のように経験を積めばな。
谷口 それは分かる。
川上 たしかに谷やんは、ろくろく見もしないで、
 「鹿児島の演劇シーンはくだらない」なんていつも云ってます。
秋山 そういうことだ。
川上 でも、ぼくたちがどんなに苦労して今回の芝居を作り上げてきたか……。
近藤 (突然歌う)苦労すれば報われる、そんな言葉はカラッポだ(ブルーハーツの「スクラップ」)。
秋山 お、元パンクロッカーの地が出たね。
近藤 お恥ずかしい。昔の話ですよ。今はロックなんかに何の幻想も抱いていません。
秋山 うむ。さすがは我が同志だ。
川上 わけわかんないこと言ってないで、ぼくの話を聞け!

     以下、「人力プロジェクトX」

 (川上が「ぼくの話を聞け!」と云い終わると、照明消え、
 インスト版「ヘッドライト・テールライト」のイントロがほどほどの音量で流れ始める)
 (カウンターを模した台、川上が座る止まり木、あるいはさらに「たにやん」の暖簾など、
 簡単なセットをこのイントロ部分せいぜい10数秒の間に黒子が運び込む)
 (音響のオペ室あたりにスポットあたり、マイクを持った外山がいる)
 (以下、ナレーションは録音ではなく、外山がナマで、田口トモロヲのモノマネでおこなう)

ナレーション エーックス!

 (舞台の照明がつく)
 (と同時に、客席の目の前いっぱいに、白地に黒もしくは灰色で「X」と大書した、
 巨大な緞帳のようなものが落ちてくる)
 (と同時に照明また消える)

ナレ 鹿児島市天文館・文化通り。

 (と云い終わると同時に緞帳そのものが地面に落ちる)
 (この一瞬の闇に乗じて、落とした緞帳を黒子がソデへ持ち去る)

ナレ 居酒屋たにやんの常連客の中に、何人かの演劇青年が、いた。

 (と云い終わると、川上にスポットライト)
 (川上は、楽しく飲んでいる表情で、ポーズ)

ナレ その一人、川上昇時。当時、地元の劇団・ロケの中心メンバー。
 川上、たにやんで飲むたび、大将・谷口和成に、なじられた。

 (と云い終わると、川上のスポット消え、入れ替わりに谷口にスポット)
 (谷口は、ふんぞりかえって川上に説教している様子のポーズ)

ナレ 「おまえらの芝居は、つまらない。だいたい鹿児島には、ろくな芝居がない」。

 (と云い終わると、谷口のスポット消え、入れ替わりに川上にスポット)
 (川上、憮然とした表情でポーズ)

ナレ 川上、ムッとした。酔った勢いで、云った。

 (で川上、谷口に食ってかかっているようなポーズへ移行)

ナレ 「そんなことを云うんなら、たにやんが、面白い芝居ってやつを、やってみせてくださいよ」。

 (照明消える。照明消えたままで)

ナレ 谷口は13年前まで、別の土地で劇団を主宰していた。

 (と云い終わると谷口にスポット)
 (谷口は、腕組みをしてうつむき加減、悩んでいるような表情でポーズ)

ナレ 谷口、一瞬の沈黙の後、云った。

 (と云い終わると、川上の顔のあたりに指を突き出して熱く語っているポーズへ移行)

ナレ わかった。おれが、本当の芝居ってやつを、見せてやる。
 おれが演出だ。おまえは、役者を集めろ。稽古は厳しいぞ。音をあげるなよ。

 (スポット消え、真っ暗に)

ナレ これは、あらゆる文化が火山灰に覆われてしまった鹿児島の地に、

 (ふたたび全体的に淡い照明)
 (谷口と川上は、互いににらみ合うような表情でポーズ)
 (頭上から、谷口と川上を除く劇団員のモノクロの巨大な集合写真がゆっくりと降りてくる)

ナレ 本物の芝居を創り上げることを誓った熱い若者たちと、一人のオッサンの、情熱の、物語である。

 (照明消え、「ヘッドライト・テールライト」が止まり、
 間髪を入れず、「地上の星」のイントロが大音量で流れ始める)
 (イントロの間に集合写真を撤去)
 (「風の中の昴・・」と歌い出すと同時に照明)
 (谷口と川上は客席に背を向けて仁王立ち)
 (間をおかず、右ソデから、「文化果つるところ 鹿児島」の横断幕を持った黒子が走り込んでくる)
 (横断幕が全部見える状態で数秒立ち止まった上で、左ソデへまた走って退場)
 (横断幕退場しきると、舞台左端に「若者たちの夢」の垂れ幕が落ちてくる。「夢」は赤文字)
 (同時に、左ソデから「本物の芝居を感じたい」の横断幕を持った黒子がゆっくりと歩いて登場し、
 立ち止まらず、舞台を横切って左ソデに退場していく。「本物」も赤文字)
 (横断幕が退場しきると、垂れ幕も地面に落ちる)
 (入れ替わりに、舞台左ソデから「13年間の沈黙」の超タテ長のプラカードを持った黒子が、
 右ソデから同様の「元・演劇青年」のプラカードを持った黒子がそれぞれ登場し、
 交差する形でゆっくりと舞台を横切る)
 (左から登場した黒子は舞台右端で立ち止まり、右から登場した黒子は左端で立ち止まる)
 (「元・演劇青年」のプラカードはゆっくりと可能な限り高く掲げられ、
 「13年間の沈黙」のプラカードは逆にゆっくりと下辺を地面スレスレにまで下げながら裏返され、
 裏面の「が起ち上がった」の文字が現れる)
 (「元・演劇青年」はそのまま左ソデへ、「が起ち上がった」は右ソデへ退場)
 (入れ替わりに、裏返しで無地のプラカードを低い位置に持った黒子が左ソデから登場)
 (ゆっくり反転させながら、背を向けて仁王立ちした谷口のすぐヨコまで平行移動させて立ち止まる)
 (立ち止まった時点で無地だったプラカードは完全に反転させられ、「54歳」の文字が現れる)
 (同時に谷口が上着を脱ぐと、背面に「まだ反抗期」と大書されたTシャツがあらわになる)
 (「54歳」のプラカードはもと来た左ソデへ再び無地の側に反転させられながらゆっくり退場)
 (同時に谷口と川上は互いに向かい合う形になりながら舞台両サイドに離れていく)
 (左ソデからは「稽古地獄」、右ソデからは「苛酷を極める」の横断幕を持った黒子がゆっくりと登場)
 (中央でスレ違い、左右入れ替わって、「苛酷を極める稽古地獄」の文字列となったところで停止)
 (このスレ違いの間に谷口と川上もスローモーションでポーズを変え、
 谷口が怒った顔で川上にモノを投げつける姿勢、川上がそれを避けようと逃げ腰になっている姿勢に)
 (さらに同時に、舞台奥のセットの陰から、
 先端にくくりつけた棒を持った黒子が登場、谷口・川上間の宙空に灰皿部分を掲げる)
 (灰皿にはモビール状に、シケモクが空中で散乱しつつある形で針金か何かで固定されている)
 (「苛酷を極める」は左ソデへ、「稽古地獄」は右ソデへ、灰皿もまたセットの陰へ、すばやく退場)
 (入れ替わりに、舞台右端に、「わが胸の燃ゆる思ひにくらぶれば」の垂れ幕。燃ゆる」は赤文字)
 (谷口と川上は、今度は客席に向かって仁王立ちの姿勢にスローモーションで移行、
 拳を突き上げるかガッツポーズ、あるいは夕陽か何かに向かって叫んでいるようなポーズでストップ)
 (「わが胸の~」の垂れ幕は、落ちるや否やそのまま舞台左端まで平行移動、左端で止まる)
 (と同時に、舞台右端に今度は「煙りは薄し桜島山」の垂れ幕が落ちてくる。「桜島山」も赤文字)
 (「地上の星」が間奏に入る寸前で垂れ幕は二つとも地面に落ちる)
 (入れ替わりにゆっくりと、頭上から今度は横書き2行で、
 「運命の舞台が 幕を開ける」「~劇団あたまごなしの挑戦~」の横断幕がゆっくり降りてくる)
 (これまでの文字列は明朝体や楷書体の類で、せいぜい斜体化や縦横比変形をほどこした程度だが、
 この「運命の~」はちゃんとレタリングをほどこした青文字、「劇団あたま~」はゴシック体と、
 「プロジェクトX」のメインタイトル・サブタイトルの提示にふさわしい書体)
 (降下は腰くらいの位置で止まる)
 (「地上の星」、フェイドアウト)

 (以上がもともと考えていたものだが、さらに「本番2週間前の事故」「全治二ヶ月」「出演不能」、
 のセットもなんらかの形で挿入したい)

     「人力プロジェクトX」、終わり。

近藤 くだらない! くだらないにもほどがある! 
 こんなくだらないことのために、おまえらは貴重な時間と労力を……許せん! 
 今すぐ射殺してやる。二人とも後ろを向いて壁に手をつけ!
秋山 あっはっは。まあまあ近藤、そう興奮するな。なかなか面白いじゃないか。
 私はこういうくだらないものは結構好きだよ。
近藤 秋山さん!
秋山 もちろん好き嫌いよりも善悪が優先する。こいつらが革命の敵であることに変わりはない。
 だが気に入った。昔の私を見るようだ。
川上 あんたみたいな人間にこの面白さが分かるのか?
秋山 人には歴史があるんだよ。私はこれでも元前衛芸術家だ。いや、今でもそうだ。
川上 でもさっき、前衛芸術が一番悪いみたいなこと言ってたじゃないか。
秋山 私はね、青年。前衛芸術の可能性を追求したその果てに、
 前衛芸術を徹底的に弾圧するという、究極の前衛芸術を見いだしたのだ。
 こんな論理のアクロバットは、君にはまだ理解できないだろうがね。
谷口 じゃあ芝居をやらせてくれるんだな?
秋山 それはまた別の話だ。今夜、ここで芝居はできない。
 (舞台裏に向けて)おい、全員ここに連れてこい。

 (銃を持った美里に追い立てられるように、他の5人の役者が現れる)
 (全員、ターバンを巻いたアラビアふうの衣装)
 (だがきちんと「アリババ」として成立しているのはうち2人)
 (1人はちょっと間違った「アリババ」、さらに1人はかなり間違った「アリババ」、
 残り1人はほとんど「アリババ」ではない。ダウンタウンのネタ「ゴレンジャイ」など参照)

里美 ふざけた奴らです。全員アリババ役だそうです。
近藤 「アリババが四十人の盗賊」だからな。
秋山 おい谷口。おまえは「アリババと四十人の盗賊」の内容を知らんのだろう。
谷口 (ギクッとして)な、なんでだ?
秋山 アリババって、盗賊団の頭かなんかだと思ってないか?
谷口 違うのか? (川上に)違うの?
里美 違います。アリババは貧しい商人です。
 たまたま盗賊団の財宝の隠し場所を知ってしまい、盗賊たちにつけ狙われるんです。
 財宝のある洞窟の扉を開ける呪文が……。
劇団側全員 開けゴマ!
秋山 そこしか知らんのだな。
川上 (囁くように谷口に)谷やんの責任じゃないですよ。脚本書いたのは外山さんなんだから。
谷口 あいつ教養をひけらかす割には、意外とモノ知らないんじゃないか?
川上 ぼくも前々から怪しいと思ってました。
近藤 元ネタもきちんと調べないで、一体どんな脚本を書いたんだ。
 (「シェーラザード」、流れはじめる)

谷口 (里美を催眠術にかけるように)気になるだろう。
里美 すごく気になります。
谷口 じゃあ予定どおり芝居を……。
秋山 (谷口のセリフに重ねて)芝居はやらせない。

 (「シェーラザード」、中途半端に止まる)。

秋山 (近藤と里美に)気持ちは分かるが、ここは我慢しろ。
 どうせ思いつき、勢いまかせのくだらん芝居だ。予定どおり、今すぐ全員を処刑する・・、
 と云いたいところだが、前衛精神あふれるさきほどのくだらない出し物に、
 私も多少は心を動かさなかったわけでもない。一つだけチャンスを与えよう。
 今から君たち一人一人に対して尋問をおこなう。
 我々はこの戦時下において、演劇など百害あって一利なしだとみなしている。
 だから君たちのような存在を許しておくわけにはいかない。
 我々は、我々の正しさに確信を持っている。
 しかし、自らが決して間違いを犯さない絶対的な正義の執行者であると思い込むほど、
 我々は傲慢ではない。我々は基本的には正しいが、間違いも稀には犯し得る。
 だから我々は一度だけ君たちに問おう。この戦時下に、なぜ芝居なのか?
 君たちの答えが、万が一我々を説得できれば、我々は撤退しよう。
川上 説得できなかったら……?
近藤・里美 処刑!
秋山 そうだ。
川上 そんな……。なんで芝居をやるのかなんて、深く考えたことも……。
近藤 (川上に銃をつきつけて、秋山に)処刑します。
川上 考えたことも一度や二度ではない。
秋山 どうせ処刑することになりそうだ。放っておけ。
 ・・では一人一人、尋問を開始する。まずは谷口、おまえからだ。
 他の者は呼び出しがあるまでこの場で待機。

 (秋山・近藤・里美、谷口を連行して退場)

近藤 (退場しながら残る役者たちに)せいぜい悪あがきの相談をやってみるんだな。

 (舞台上には残された役者6人)
 (以下、劇団側の5人の役名は、実際の役者名と一致している)

川上 いったいどうなってんだよ。
中野 どうなってんのかは明らかだろう。問題は、一体これからどうなるのかってことだ。
前川 お芝居できないの?
中野 ちょっと無理っぽいね。
前川 あんなに頑張ってセリフ覚えたのに。
田中 頑張ったからそれが何だ、みたいなこと云ってたけどな、あの手下みたいなの。
前川 ひどいよ。
早水 そんなことより……。
田中 なぜ演劇か!
中野 それそれ。これから一人一人訊かれるんだぜ。
川上 そんなこと考えたことねーよ。
田中 即、射殺だ。
川上 マジかよ。
田中 さっき射殺されかけてたじゃん。
川上 中野、おまえはいいよな。そういうの得意だろ。
中野 芝居とは多重的なコミュニケーションの実験です。
 まず脚本家の頭の中でおこなわれる、複数の登場人物を使ったコミュニケーションの実験。
 次に、劇団という現実の集団の内部でのさまざまなコミュニケーション。
 そして、芝居がまさに上演される本番における、生身の劇団と生身の観客とのコミュニケーション。
 一つの芝居を作るということは、こうした多重的なコミュニケーションの実験なのです。
川上 すっげー。
前川 なんでそんなスラスラ出てくるの?
田中 知らないの? 中野は文学部で演劇論専攻してたんだぜ。
川上 ちょっと今の紙に書いてよ。なんとか速攻で覚えるから。
早水 芝居とは多重的なコミュニケーションの実験です。
 まず脚本家の頭の中でおこなわれる、複数の登場人物を使ったコミュニケーションの実験。
 次に、劇団という現実の集団の内部でのさまざまなコミュニケーション。
 そして、芝居がまさに上演される本番における、生身の劇団と生身の観客とのコミュニケーション。
 一つの芝居を作るということは、こうした多重的なコミュニケーションの実験なのです。
川上 なんだコイツ。
中野 (改まって)ご存じない? 一度見た舞台はそのセリフから役者のこまかな演技まで丸暗記。
 シナリオは一度か二度で完璧に覚え込むそうです。

 (このくだりは、演劇関係者の半分は愛読している少女マンガ『ガラスの仮面』のパロディである)

田中 とあるオーディションでは、高度な演技力を発揮。
 課題の一つ一つがすべて一本の芝居を見るようだったとか……。
前川 「はい」と「いいえ」、「ありがとう」、「ポテトはいかがですか」。
 与えられたわずか4つのセリフで2時間以上アドリブを続けたことも……。
畠野 全日本演劇コンクールでは、他の役者が事故で出場できなくなったにもかかわらず、
 たった一人で出演、何十人ものロシア人マフィアを完璧に演じ分け、
 見事に舞台をやりとげただけでなく、一般投票で第一位という観客の支持を得ています。
川上 そんな……。
前川 おそろしい子!

 (全員がポーズを決める)
 (同時にTVドラマ版『ガラスの仮面』の主題歌であるB'zの「Calling」が大音量で流れる)
 (舞台袖から月影先生みたいなのが現れ、オホホホホ……と哄笑)

田中 などと遊んでいる場合ではないだろう。
全員 ウッス。

 (「Calling」、止まる)

川上 畠野、おまえはなんで芝居なんかやってるんだよ。
畠野 決まってるじゃないか。天皇制を打倒するためだ。

 (全員、引いてコソコソ話)

前川 あの人、突然何云ってんの?
川上 分からん。
早水 ちょっとドキドキした。
田中 谷やんに悪い影響受けてるな。
中野 アリババと天皇制と何の関係があるんだろう。
川上 (コソコソ・モードから抜けて)いや、でも……。この状況では案外模範解答かもしれないぞ。
田中 そうだな。どうかするとなかなか見所がある、仲間に入らないか、なんて話になるかもしれないな。
畠野 おれは助かる!
中野 いやいやちょっと待て。あいつら左翼かどうか分からないじゃないか。
前川 サヨクって何?
川上 前川クン、そんなことも知らないのか。右翼が天皇万歳で、左翼が天皇反対だろ。
田中 あいつらはどっちなの?
早水 あ、待って。
 (一呼吸おき)我々は反芸術戦線・黒い革命軍である。
 この戦時下において、貴重な時間をこのように非生産的な、
 くだらない芝居見物に浪費する諸君のような人種は、我らの革命の敵である。
 よって諸君を拘束し、厳しい制裁を加え、いまだ戦時下の覚悟の定まらない一般人民への教訓とする。
 分かったか!

 (早水はバスの中での秋山のセリフを丸暗記していたのである)

田中 便利な奴だなあ。
前川 今ので何か分かるの?
川上 戦争中に娯楽なんてふざけんな、みたいなこと云ってるから……右翼じゃないか。
前川 戦争するのが右翼なの?
川上 そうなんじゃない? 街宣車で軍歌流してるのが右翼でしょ。
前川 それじゃあの人たちは天皇万歳の方なのね。ってことはあ……。
田中 (畠野に)処刑、バン!
畠野 (うなだれる)
中野 でも、云い回しがところどころ左翼っぽくもあるんだよなあ。
 右翼は革命とか人民なんて言葉、あんまり使わないと思う。
前川 中野さん物知りぃ!
早水 で、結論としては?
中野 どっちか分からん。
畠野 ダメじゃん。
川上 畠野、おまえ最初に行け。
 で、さっきの、「天皇制を打倒するためだ」だっけ?、イチかバチか云ってみろ。
田中 そんで銃声が聞こえたらおれたちは……。
全員 (直立不動で)お国のためにやっています!
畠野 ひっでー。

 (近藤登場)

川上 わっ、来た。
早水 谷やんは?
近藤 さあな。銃声はここまで届かなかったか?

 (役者たち、顔を見合わせる)

近藤 (役者名の入ったチラシを手に)まずは……。

 (役者たちは畠野を行かせようとする)

近藤 川上昇時!

川上 (畠野に)川上、おまえだってよ。

 (役者名がテロリスト側にバレていないと思って、身代わりに差し出そうというのである)

近藤 事前に調べてないとでも思ってるのか、(川上に銃を突きつけ)川上!
川上 なんだオレかあ。
畠野 ふざけんなよ。
前川 川上さん頑張って!
早水 生きて帰ってきてね。

 (「シェーラザード」が流れる)
 (舞台上には役者5人が残っている)
 (以下、しばらく劇中劇として本来の演目「アリババが四十人の盗賊」のワンシーン)
 (もちろんテキトーにでっちあげたものである)

アリババ1(中野) やはり情報が漏れている。
アリババ2(前川) 危ないところだった。
アリババ3(田中) 合流地点には私服の奴らがウヨウヨしていた。
アリババ4(早水) アリババがうまく機転をきかせてくれていなかったら今ごろおれたちは……。
アリババ5(畠野) そうだな。おまえのおかげで助かったぜ、アリババ。
1 礼には及ばんよ、アリババ。
2 万が一に備えて、ここを用意しておいたのは正解だった。
3 ん、ちょっと待て。さっきからアリババの姿が見えないようだが。
1 何!?

 (一同、キョロキョロと辺りを見回す)

4 アリババの奴、逃げ遅れたのか?
2 あの沈着冷静なアリババに限ってまさかそんなことは……。

 (「シェーラザード」止まる)
 (1と3、しゃがみこむ)

1 もう行こう。
3 だめだよ。
1 なぜさ。
3 アリババを待つんだ。
1 ああ、そうか。
 (長い沈黙)
3 なんか云ってくれ。
1 これから、どうする?
3 アリババを待つのさ。
1 ああそうか。
 (長い沈黙)
1 もう行こう。
 (沈黙)
3 ああ、行こう。
5 「二人、動かない」
 ・・ってアリババにアリババ、今時そんな高尚なパロディをやったって誰も分かってくれないよ。
 地元の劇団関係の客だって分かってるかどうか怪しいもんだ。

 (1と3がやっていたのは、
 現代劇の出発点ともなったサミュエル・べケット「ゴドーを待ちながら」のパロディである)

2 教養の崩壊ってやつだな。
1 わしらも好き好んでパロディやっちょるわけじゃないけえ。

 (「仁義なき戦い」のサントラ、流れ始める)
 (「チャララ~♪」ではなくミュート奏法で「ポンポンポンポン♪」とやる方)

1 じゃがのう、わしら役者はしょせん演出家や脚本家のコマみとうなもんじゃ。
3 われ何ぬかしよるんなら。
 芝居いうもんはのう、絵ぇ描いて指図するモンより実際に演じるモンの方が強いんじゃ。
 この際じゃけ、はっきり云わしてもらいますがのう、そがな考えしちょるとスキができるど。
 現実の舞台云うモンは、おのれが支配せにゃどうにもならんのよ。
1 こんなんの考えとることは理想よ。夢みとうなもんじゃ。
 現にそのセリフも、云わされちょるもんじゃろうが。おどれの手はもう汚れとるんじゃ。
3 わしらどこで道間違ったんかいのう。

 (「ポンポンポンポン♪」、止まる)

5 それも30歳以下の客はもう分からんぞ、たぶん。

 (「チャララ~♪」の方、流れる)

1 道具持ってこいやあ!
5 もういい。

 (「チャララ~♪」、止まる)

2 とにかく、計画は完璧だったんだ。しかし、情報が漏れていた。つまり……。
4 スパイがいる!
3 まさか。鉄の団結を誇る我々アリババの中に?
4 たしかにそうだとしか考えられない。
 ああ、我々の中にスパイだなんて、こんな日が来るとは夢にも思わなかった。
3 夢! そう、おれたちは夢に燃えていた。

 (1、2、5、退場)

4 おまえを同志として迎え入れた日のことを今でも鮮明に覚えているよ、アリババ。
3 もちろんおれだって覚えてるさ、アリババ。
 なんら明るい展望も見いだせないまま、つまらないバイトに明け暮れていたそんなある日、
 おれはあの落書きを発見した。
 奇妙なマーク、巨大な陰謀の存在を思わせる鮮烈なスローガン、そして・アリババ・の署名。
 バイトからの帰り道、いつも通る古い商店街の潰れた店のシャッターに初めて見つけたあの落書きは、
 意識するといつのまにか街じゅうにあふれていた。おれはバイト先の同僚だったおまえに、
 何かにつけてはその落書きのことを夢中で話すようになっていた。
 しかし一つだけ思い出せないのはあのバイトのことだ。あれは一体、なんのバイトだったっけ。
4 さあね。ローソンだったかブックオフだったか、あるいはツタヤかマックか「十徳や」か、
 それともどこかの企業でお互い派遣社員として知り合ったんだったか。
 いずれにせよ誰にでもやれる、
 つまりそこにいるのがおれやおまえでなければならない理由なんか一つもない、
 そんな職場だったことは確かだ。
3 ある日おまえは、「ちょっとウチに遊びにこないか」とおれを誘った。
 どうせ毎日やることもなく退屈していたおれは、なんとなくついて行った。

 (BGM、流れる。多少趣味の良いJポップがいい)

3 おれたちは缶ビールを空けながら、とりとめもなくダベった。最近借りて見た映画の話、音楽の話、
 たぶんバイト先の他の同僚の、どうでもいい噂話なんかもしただろう。
 話題が途切れた時、ふと思い出したかのように何げなくおまえが云った。
4 そうそう、よくおまえが話してた例の落書き、駅ビルの地下通路にもあったぞ。
3 その言葉をきっかけに、おれはまたいつものように、
 いや、ちょっと酒も入っていたし、いつにもまして熱っぽく、
 あの落書きと、その背後にあるらしい・アリババ・という謎の団体について話しだしたんだ。
4 だけどその・アリババ・ってのがどういう団体なのか、
 今のところおまえにはまるで分からないんだろう?
3 分からないよ。だけどこの謎の団体は、もしかしたら今あるおれのこのくだらない毎日を、
 根底から覆してくれるかもしれない、そんな予感みたいなものがあるんだ。
4 へえ、それはまたえらく入れ込んでるな。
 しかし・アリババ・なんて、そもそもほんとに存在するのかな。
 そこらへん、おまえはどう思ってるの?
3 あると思ってる。いや、・アリババ・はきっと実在する!

 (BGM、ふいに止まる)

4 (ニヤリと笑って、口調も変わり)では君は、・アリババ・に加盟する意志があるんだね。
3 (ハッとする)

 (サスペンスを盛り上げるベタなBGM、流れる)

4 (ふところから拳銃を取り出してちょっともてあそび)おれはアリババだよ。君もアリババになるね。
3 なります!
4 そうかアリババになるか。やれやれそう聞いておれもほっとしたよ。
 もしならないと云ったら、おれはこれで君を消すつもりだった。
 秘密を話したんだからな。(と、拳銃をしまう)
3 (間をおいて)そしてあの入会の儀式!

 (照明が消える)
 (「レフト・アローン」、流れはじめる)
 (イントロの10数秒の間に、松明を持って1・2・5が登場、
 4に松明を渡した5が正面に客に向かって立ち、向かい合って客に背を向けて目隠しをした3が立つ)
 (以下に展開される「入会儀式」は、19世紀フランスの秘密結社「四季協会」のそれを模したもので、
 問答はすべてあらかじめ決められたものを暗誦し合うだけの文字通り「儀式」でしかないから、
 3も5もあまりセリフに感情を入れないように注意)

5 志願者よ(と云い切ると同時にサックスが鳴り始めるタイミング)、
 君は資本主義と民主主義についてどう考えるか?
3 資本主義と民主主義とは互いに対立しながら、
 同時に両者の共通の目的である、あらゆる共同体の解体を促進し、
 最終的に両者の対立は弁証法的に統合され、人類史の終着点としての理想郷が到来します。
5 理想郷の到来が歴史的必然であるとの学説を君は認めるか?
3 認めます。
5 では理想郷の到来を君は望むか?
3 望みません。
5 人類社会の必然的発展の法則を否定するのか?
3 必然性に可能性を対置します。
 必然性の原理は人間の欲望に根差し、可能性の原理は人間の意志に根差します。
 私は必然性ではなく可能性を、欲望ではなく意志を選びます。
 この選択自身が私の意志に支えられています。
5 君は君の意志を貫徹する回路を持っているか?
3 持ちません。ゆえにアリババへの加盟を望みます。
5 君は暴力による変革を肯定するか?
3 暴力という言葉の選択にすでにそれに対する否定的価値判断が含まれています。
 価値判断を含まない、武力という言葉を使用するべきだと考えます。
5 君は武力による変革を肯定するか?
3 肯定します。
5 敵の攻撃によって生じうる、財産の犠牲、自由の喪失、あるいは死、
 それらに敢然と立ち向かう決意はあるか?
3 決意なくしてアリババへの加盟は望みません。
5 アリババの原理に対し絶対の忠誠を誓うか?
3 誓います。
5 志願者よ。君の本名は、同志の間では口にされない。
 君は武器弾薬を用意し、蜂起の日に備えなければならない。
 アリババを指導する委員会は、我々が蜂起する直前まで、
 君の前に姿を現さないであろう(と、3に短剣を渡す)。
3 (短剣を掌に置き)もし私が、アリババの原理に対する忠誠の誓いを破るなら、
 裏切り者は死をもって罰せられ、この短剣に心臓が突き通されんことを。
5・3以外 裏切り者には死を!
5 君を同志アリババとして我がアリババに迎え、
 同志の顔を見ることを許す(と、3の目隠しを外してやる)。

 (儀式の再現シーンが終わり、「レフト・アローン」も止まる)

1 そう、裏切り者には死を。我々の中にスパイが入り込んでいることはもはや確実なのだ。
 スパイは死刑に処せられなければならない。
2 もちろん異論はない。それが我々アリババの掟なのだから。
 しかし問題は誰がスパイなのか、どうやって確かめるのかということだ。
1 それについてはもう手を打ってある。
3 まさか……。
2 プロに依頼したのか。
1 そのまさかだ。
5 ある秘密結社に依頼されて、裏切り者を始末した話はおれも知っている。
 幾人かの容疑者のうち誰が真の裏切り者なのか特定することも、その依頼には含まれていた。
3 しかしアリババ、あの超一流のスナイパーに仕事を依頼するルートを、おまえは知っているのか。
1 もちろんだアリババ。バラバラに散ってここへ向かう途中、
 駅前でギターケースを広げて歌うストリート・ミュージシャンを見なかったか?
2 そういえば見かけた。
4 たしか長渕の「しあわせになろうよ」を熱唱していた。
1 それは彼の世を忍ぶ仮の姿だ。
 (客席に)いいか諸君。あるストリート・ミュージシャンが、長渕を歌っていたからといって、
 彼を長渕好きだと判断するのはちょっと早合点にすぎるぞ。
 ストリート・ミュージシャンというのは、必ずしも自分のやりたい曲と、
 実際に路上で歌っている曲が一致しているとはかぎらないのだ。
 ストリート・ミュージシャンにもいろいろ事情がある。そこのところをよくご理解いただいて……。
2 そのセリフ、誰かにムリヤリ云わされてないか?
4 芝居を私物化しやがって。とんでもない脚本家だ。

 (事前に配布したチラシやポスターにあるとおり、
 外山はストリート・ミュージシャンで生計を立てている)

3 それで、あの長渕野郎がかの有名な超一流のスナイパーなのか?
1 だからほんとは長渕野郎じゃないんだって。
2 その話はもういい!
1 (咳払い)彼はただの連絡員にすぎない。
 彼にある決められた合図を送れば、彼を起点とする秘密のルートを順次経由して、
 いずれかの超一流スナイパーに、こちらが仕事を依頼したがっているという情報が入る。
5 ではもうその合図とやらを送ったんだな。
1 10万円を渡して「賛美歌第13番」をリクエストしてきたよ。
3 あの長渕野郎にはそんな隠れた収入源が……。
2 しかしアリババ、そんな極秘情報をこんなところで喋ってしまって、おまえ大丈夫なのか?
1 あっ。

 (舞台のどこかにスポットライトが当たる)
 (と、コミックスから超拡大コピーした「ゴルゴ13の目」が浮かびあがる)

2 スパイは一体誰なのか?
5 ことによると、
 いつまでたっても戻ってこないあのアリババの野郎がスパイだったってこともあり得る。
1 もちろん我々の中の誰かなのかもしれない。
4 まさかここに残っている我々6人の中に……。
1 (突然あらぬ方向に)さっきから一言も喋らないな、アリババ。
全員 ……。
1 おや、寒いのか? 少し震えているようだが。
全員 ……。
1 なんとか云ったらどうだ、アリババ!
全員 ……。

 (以上で劇中劇「アリババが四十人の盗賊」、終わる)

前川 やっぱりところどころしか上演できないね。
田中 ここからの川上のセリフが重要なのになあ。

 (実は本来なら舞台上にずっと「アリババ6」として川上がいるはずだったのである)

早水 川上さんのセリフをきっかけに、ストーリーが唐突に、
 思いがけないほどの宇宙的スケールにまで一気に展開していくのに。
畠野 せっかく来てくれたお客さんに、それを見せられないとは残念だ。
中野 すばらしい脚本だったな。天性の才能を感じたよ。
畠野 またムリヤリ云わされてるな。
前川 それにしても川上さん、大丈夫かなあ。
田中 大丈夫じゃないだろう、たぶん。
中野 あいつ勉強不足だって、いっつも谷やんも外山さんも怒ってたじゃん。
畠野 10年芝居やってるくせに、寺山修司の名前も知らないなんて……。
中野 無知蒙昧にもホドがあるってな。
田中 それもあるけど……。
早水 何?
田中 あの女テロリストの、豊満なボディ……。
畠野 ああ……。
早水 何々?
前川 セクハラ!
中野 ええっ、いくらなんでもこの状況で?
畠野 彼のセクハラは時・場所・場合を選ばないよ。
前川 いっつも私の胸の話ばっかりするのよ。サイテー!
田中 今のセリフには経験の裏打ちが確かに感じられるねえ。説得力抜群。
中野 スタニスラフスキーさん大喜びだ。
前川 えっ、誰それ?
中野 おまえなあ……。
里美の声 さっきからどこ見てんのよ!

 (銃声)
 (間)

畠野 マジメに考えようか。
田中 なぜ芝居をやるのか。

 (照明消える)

アリババが四十人の盗賊(4)


     4.

 (ふたたび照明がつくと、舞台上にはテロリスト3人と川上)

近藤 奴ら、マジメに考えてますかねえ。
秋山 さっき覗いてみたらドサクサに本来の芝居を上演しようとしていたようだが。
里美 だいぶ様子は変わってるみたいよ。
近藤 さっきの脅かしが効いたな。
里美 どこ見てんのよ、バーン!(と指鉄砲で川上を撃つ仕草)
川上 なんかぼく、徹頭徹尾なさけないキャラにされてません?
秋山 囚われの分際でツベコベ云わない。
近藤 ・・退屈だ。
里美 はーん、またアレをやりたいのね。
秋山 アレか。
里美 近藤クンもほんとに好きねえ。
近藤 ついハマってしまって……。
秋山 しばらくやることもないし、一丁やってみるか。
近藤 そうこなくちゃ。
里美 でも人数足りないよ。
秋山 まあ一人は(川上を指して)コイツを入れるとしても、最低もう一人必要だな。
川上 ぼくに、な、何をやらせるつもりですか。
秋山 心配するな。発想力・想像力の訓練を兼ねた我々の遊びだ。
 自由な発想と豊かなイマジネーションは、テロの基本だからな。
近藤 谷口を呼んできましょう。

 (近藤、出ていく)

里美 近藤クン、やる気満々ね。

 (近藤、谷口を連れて戻ってくる。黒子も一人登場。手分けして椅子を6個、その他道具持参)
 (椅子をヨコに並べる)
 (秋山、紙とペンを全員に配る)
 (このあたりからBGM。客が音楽に気をとられないよう、本当にBGM的なものがよい)

近藤 ワクワクするなあ。
秋山 音にして5文字の言葉を、上の方に縦書きで書け。なんでもいい。
川上 スイカップ……。
秋山 口に出すな!
 何を書いたか他の者には見られないように。別に名詞の単語じゃなくてもいいぞ。
 「春の海」とか「さすらいの」とか、とにかく音が5つぶんの言葉なら何でもいい。
 スイカップはもう聞こえちゃったから他のにしろ。
 ……書いたか。書いたら、その部分をクルクルと丸めて、何が書いてあるか見えないようにして、
 隣の者に渡せ。

 (紙を回す)

秋山 では次は、そのクルクル巻いてあるすぐ下に、続けて何か7音ぶんの言葉を書け。
 さっきと同じく、他の者には見えないようにな。
谷口 分かったぞ。俳句みたいなものを作ろうとしてるんだな。
秋山 さすがに察しがいいな。しかし俳句じゃなくて短歌だ。
 偶然の力を利用して、自分一人では思いつかないような奇抜な短歌を作る。
谷口 ってことは、5・7・5・7・7だから、今は上から2番目の7文字を書いていることになる。
秋山 そのとおり。なかなか飲み込みが早い。
 それが分かれば、全体の構成を念頭において、言葉を選ぶこともできるな。
谷口 書いた。
秋山 では隣の者に回せ。次は5音だ。

 (以下、「次は7音」「最後の7音」と秋山が指示を出しながら完成させる)
 (最後の7音を書き終えたら、それをさらに隣に回させる)

秋山 それでは読み上げる。まず私から行こう。

 (秋山から始めて、それぞれが読み上げる)

秋山 川上も谷口も、流れは理解したな。
 ではもう一回最初から・・いや、本当はもう一人いた方が面白いんだ。
 最後に、自分が関与してないやつを読めるからな。
近藤 客を参加させましょう。
里美 積極的ね。
秋山 よし。(客席に)誰か志願する者はいないか?

 (客から二人参加させる)

秋山 谷口は抜けろ。
谷口 ええっ、面白いのに……。
秋山 後でもっと面白い他の任務を与えてやる。

 (とりあえず谷口に紙を配らせる)
 (客2人を交えて2回ほどやる)

秋山 今日はこんなところだな。

 (客をかえす)
 (BGMも止まる)

近藤 えー、もうやめるんスか。
里美 こればっかりじゃ芝居が進まないでしょ。
秋山 じゃあ谷口。おまえに重要な任務を与える。
谷口 よし、任せろ。
秋山 ここに全部で17個の、わけのわからない短歌モドキができた。これに、意味を見いだせ。
谷口 えっ、どういうこと?
秋山 ムリヤリ何らかの意味を読みとるんだよ。
 これでもうおまえの出番はないし、演出家は本番中いくらでもヒマがあるだろう。
 じっくり考えて、後でそれを発表しろ。
 たしか脚本の外山ってのもどこかにいるんだろ? あいつにもやらせとけ。

 (照明、消える)

アリババが四十人の盗賊(5)


      5.

 (舞台上にギターを抱えた外山)
 (ストラップが黒帯)
 (自作の「13番目の男」を弾き語る)

 闇の世界で生きている 黒幕さえ震え上がる
 不吉な名で知られている 国も法も奴を縛れない
 ケネディ暗殺の陰に バチカンの疑惑の陰に
 奴がいたという噂さ 確かな証拠はないが
 安っぽいヒューマニズムも 正義もモラルも感情もない
 マシンのような男だと 奴を見た者は小声で語る
 ラスプーチンの血を引くとも 毛沢東が育てたとも
 奴の素性を知る者はない かぎ回った者は二度と戻らない
  アーマライトが狙ってる おそらくあのビルのどこかから
  アーマライトが狙ってる スコープがおまえを捉える

 ゲスな連中のジョークに ニヤリともせず黙ったまま
 黒いビジネスの依頼を 壁ぎわに立って聞いてる
 「やってみよう」と奴は云った 依頼人は笑みを浮かべ
 何げなく差し出す右手が むなしく宙をさまよう
 「話は終わった」と背中向けて静かに歩きだす
 声もかけず近寄るなよ 新品のカーペットを汚すことになる
 最上階のスイート・ルーム 奴は決行の日を待ってる
 誰かの命と引き換えた カネはスイスの秘密口座へ
  アーマライトが狙ってる まさか思いがけぬ彼方から
  アーマライトが狙ってる スコープがおまえを捉える

 フリーメーソンの陰謀も ナチの残党も蹴散らし
 CIAの裏をかき アカどもの罠をすり抜ける
 裏切りは決して許されない 下手な云いわけはいらない
 奴の腕をご存じだろう 苦しみは一瞬のはずさ
  アーマライトが狙ってる まさか思いがけぬ彼方から
  アーマライトが狙ってる スコープがおまえを捉える
  アーマライトが狙ってる おそらくあのビルのどこかから
  アーマライトが狙ってる スコープがおまえを捉える


 (外山、「13番目の男」を弾き終えると、そのまま続けて「ゴッドファーザー・ワルツ」)
 (1回目はハミング、2回目は口笛で)
 (暗闇の舞台上に、葉巻をくわえた男が立っており、その火だけが明滅している)
 (極度に淡いスポットライトがその男を照らす)
 (目より上はコミックスからコピーしたゴルゴ13のお面)
 (実は川上だが暗くてよく見えない)
 (腕時計を見る)
 (少し間をおき、懐から「……」と書かれたフキダシを取り出して掲げる)
 (スポット、ゆっくりと消え、外山の演奏も自力フェイドアウト)

アリババが四十人の盗賊(6)


      6.

 (役者5人、舞台上にバラバラにいる)
 (近藤と里美がそれを高みから見下ろしている)
 (近藤・里美の「コメント」は役者側の耳には入っていない)

田中 何か面白いことをしたい。
里美 田中隆ね。
田中 芝居を選んだのはたまたまだ。音楽でも、他の何かでもよかったのかもしれない。
 とにかくおれは、他の誰もまだやってないような、何か新しいことをやりたいんだ。
 たまたま芝居を選んでしまったんだから、芝居というジャンルの可能性を追求してみたい。
近藤 話にならんな。
里美 内容ゼロ。
早水 芝居って、やっぱりナマだから面白いんだと思う。
里美 早水マリ。通称「ちゃん」。「マリちゃん」の「マリ」が抜けて「ちゃん」。
近藤 産湯と一緒に赤子を流したようなアダ名だな。
里美 ごめん、(その例え)分かんない。
早水 お客さんの反応がその場でじかに返ってくるところとか。
 ウケてると芝居も乗ってくるし、ウケてないと、なんとかしなきゃって思うし。
 テレビドラマや映画って、結局はすでに完成したものを見ることになるでしょう?
 それが悪いとは云わないけど、やっぱりナマでやる芝居とは、全然違うものだと思う。
里美 ジャンルの特徴を説明してるだけね。
近藤 それが何の役に立つんだという質問の答えにはなっていない。
中野 芝居とは多重的なコミュニケーションの実験です。
里美 これが中野祐也。
近藤 大学で演劇論をやってたという奴だな。
中野 まず芝居そのものの内容がある。
 これは主に脚本家の頭の中でおこなわれる、複数の登場人物を使ったコミュニケーションの実験です。
 この段階では、例えば小説家のおこなっている実験と大差はない。
 しかし、脚本はそれが生身の人間によって実際に上演されることを前提として書かれます。
 演出家、役者、スタッフといった複数の生身の人間が、
 ひとつの舞台を作り上げるために試行錯誤をおこなうことになります。脚本の変更もあり得ます。
 この過程で、劇団という現実の集団の内部で、
 さまざまのコミュニケーションがおこなわれることになるのは、わざわざ云うまでもありません。
 この二重のコミュニケーションの外側に、さらなる三つ目のコミュニケーションがあります。
 芝居がまさに上演される本番において、
 生身の劇団と、生身の観客とが直接に向かい合うことになります。
 役者の演技が観客に何らかの反応をもたらし、
 また観客の反応が役者の演技に何らかの影響を及ぼすということが、往々にして起こり得ます。
 一つの芝居を作るということは、こうした多重的なコミュニケーションの実験なのです。
近藤 だからその実験とやらの目的は何なんだよ。
里美 内容的にはさっきの女優と大差なし。
近藤 もっともらしいこと云いやがって。
前川 何のためにとか云われても、そんな難しいこと分かんないよ。
 ただ目立ちたいだけじゃいけないの?
里美 なるほど。
近藤 目的ははっきりしている。これは、前川綾香だな。
前川 私、顔とかスタイルとか自信あるし、有名になってチヤホヤされたいの。
 ただ可愛いだけじゃないのよ。こんなことだってできるんだから。(と、火吹きの芸をやる)
近藤 彼女は根本的な誤りを犯している。芸能人になってチヤホヤされたいなら・・。
里美 劇団の選択が大間違いね。谷口のは完全にアングラ劇団よ。
近藤 「劇団あたまごなし」だぞ。名前で気づけよ。
里美 火吹きを仕込まれた段階で気づけよ。

 (秋山登場。畠野についてはテロリスト側と相互のやりとりになる)

里美 畠野翔です。
秋山 チラシに名前がないようだが・・。
里美 本番2週間前に交通事故に遭って出演できなくなった役者の代役だそうです。
近藤 なんだそれは。自己管理もできん役者を使おうとしてたのか。
秋山 いくら前衛をきどったところで、昨今の演劇シーンじゃろくな役者も集められんということだ。
 ところで畠野君か、君はどうして芝居なんかに関わっているんだね?
畠野 (云おうか云うまいか口をパクパクさせる)
秋山 どうしてだね?
畠野 あの……その……天……。
3人 テン?
畠野 天皇制を……打倒します!。
3人 (顔を見合わせる)
畠野 お国のために打倒します!
3人 (キョトンとする)
畠野 ……ダメですか?
秋山 (気をとり直し)いや悪かった。突然何を云い出すかと思ってビックリしたよ。
里美 いるんですねえ、やっぱり。
秋山 まあテント芝居の基本ではあるからな、反天皇制ってのは。
近藤 むしろほんとは普通なのかも。
秋山 なるほど畠野君は天皇制を打倒するために芝居をやっていると、そういうことでいいんだね。
畠野 いいですか?
秋山 こっちが訊いてるんだよ。
 君は天皇制を打倒するために芝居をやっている。さっきの言葉はそう理解して構わないんだね。
畠野 構わないのかな? 構わないんですね? 打倒していいんですね? いいんですかね?
里美 はっきりしなさいよ!
秋山 我々に迎合する必要はないんだ。君は君の信ずるところをありのままに述べればいい。
 むしろ我々は、強い者に安易に迎合する姿勢を憎む。付和雷同はいかんぞ。
近藤 そう、付和雷同はよくない!
里美 そう、付和雷同はよくない!
秋山 そう、付和雷同はよくない!(と、近藤・里美をはたく)
近藤 ちょっと面白いかなと思ったんだけじゃん。
畠野 (多少迷いながら最終的には決意して)天皇制を打倒するためにやっています!
秋山 ほほう、面白い。しかしなぜ天皇制がよくないんだね?
畠野 それはまあ、戦争責任とか……。
秋山 今の天皇は関係ないじゃないか。
畠野 でもまたいつ利用されるか分からないわけだし……。
秋山 戦争にか? 古いねえ君の認識も。戦争にはいろんな形があるんだ。
 ナショナリズムを露骨に煽る形の戦争が必然的だった時代はもうとっくに終わっている。
畠野 そうなんですか?
秋山 ちゃんと歴史を勉強しなきゃダメじゃないか。
近藤 昨今の左翼の不勉強ぶりときたらありませんよ。
秋山 昔は勉強できることが左翼の自慢だったがなあ。
里美 今ではよく勉強する若者ほど右翼になると云います。もちろんそれもごく少数ですが。
秋山 嘆かわしいなあ。我々は天皇制にとくに賛成だ反対だというわけでもないが、
 それでも最低限の教養は身につけているぞ。(近藤に)おい、あれを見せてやれ。
近藤 はい。(直立不動で)神武、綏靖、安寧、懿徳、孝昭、孝安、孝霊、孝元、
 開化、崇神、垂仁、景行、成務、仲哀、応神、仁徳、履中、反正、允恭、安康、
 雄略、清寧、顕宗、仁賢、武烈、継体、安閑、宣化、欽明、敏達、用明、崇峻、
 推古、舒明、皇極、孝徳、斉明、天智、弘文、天武、持統、文武、元明、元正。 

 (この歴代天皇暗誦の間、それまで動かずにいた他の4人も含めて、
 役者側が「あっ、あっ」とか「ちょっとそれは」とか云いつつソワソワする)

里美 聖武。孝謙、淳仁、称徳、光仁、桓武、平城、嵯峨、淳和、仁明、文徳、清和、
 陽成、光孝、宇多、醍醐、朱雀、村上、冷泉、円融、花山、一条、三条、後一条、
 後朱雀、後冷泉、後三条、白河、堀河、鳥羽、崇徳、近衛、後白河、二条、六条、
 高倉、安徳、後鳥羽、土御門、順徳、仲恭、後堀河、四条、後嵯峨。
秋山 後深草、亀山、後宇多、伏見、後伏見、後二条、花園、後醍醐、後村上、長慶、後亀山、
 後小松、称光、後花園、後土御門、後柏原、後奈良、正親町、後陽成、後水尾、
 明正、後光明、後西、霊元、東山、中御門、桜町、桃園、後桜町、後桃園、光格、仁孝、孝明、
 明治、大正、昭和、今上。

 (「シェーラザード」流れ始める)

秋山 なんだ、どうした。

 (舞台上もしくは舞台奥のどこかが動き出す。隠されていた財宝の山が現れる)

秋山 これはどういうことだ?
田中 歴代天皇の名前を全部云うと自動的に開く仕掛けになってるんです。
前川 「開けゴマ!」の代わりです。
近藤 脚本の意図が分からんよ。
中野 とってつけたようなツジツマ合わせはしてありましたが……。
早水 たぶん役者をいじめてみたかっただけだと思われます。
秋山 おいどうすれば元に戻るんだ。
田中 江戸幕府の歴代将軍です。
近藤 (ものすごい早口で)家康・秀忠・家光・家綱・綱吉・家宣・家継・吉宗、
 家重・家治・家斉・家慶・家定・家茂・慶喜!

 (扉ふたたび閉まり、「シェーラザード」も止まる)

近藤 とことんふざけた劇団だ。
畠野 すごい物知りなテロリストだ。
秋山 (落ち着いて)ずっと物陰から聞いてはいたが、
 さっきのようなレベルじゃ、我々の問いに応えたことにはならんぞ。
里美 あなたがたはせいぜい、芝居というジャンルの特徴を説明しているだけです。
近藤 我々が訊いているのは、おまえらが芝居をやる目的だ。
秋山 畠野君、君の天皇制云々だがな、それは確かに立派な目的だ。
 しかし、だったらなぜ政治活動をやらないんだ? 君のような若者は決して珍しいわけじゃない。
 天皇制云々はともかく、戦争反対とか、環境問題がどうとか、
 そういういわゆる社会派なテーマで芝居をやったり音楽をやったり、
 わけのわからんイベントを仕掛けたりしてる若者はいくらでもいる。
 しかしどういうわけか連中は99・9%、直接的な政治運動はやらないんだ。
 君もそうだということはとっくに調べ上げてある。私はそこを訊いてるんだよ。
 社会的な目的を掲げるんなら、まず政治運動・社会運動だろう?
 なぜそこをスッ飛ばして芝居や音楽なんだ?
 (対畠野モードからぬけて)他の者にはもっと分かりやすくこう訊こうか。
 諸君の芝居は、いったい世の中の何の役に立つんだね? 
 我々が、なるほど君らのやる芝居は社会的に有益だと納得すれば、処刑は中止してもよい。
近藤 しょせんおまえらには無理な注文だ。
里美 結局なーんにも考えてないのよ。
 遊び、道楽、自己満足。自分たちが楽しければそれでいいっていうレベル。
秋山 ま、そうだろうな。もう少し時間をやる。あまり期待せずに待つことにするよ。

 (テロリスト側3人、退場)
 (舞台上に役者5人が残される)

早水 あの人たちの云ってること、根本的に間違ってるような気がするの。
前川 そんなこと最初から分かってるじゃん。あの人たちテロリストなんでしょう。暴力反対!
中野 おいおい前川クン。それ谷やんが聞いたら泣くぞ。
前川 どうして?
中野 若い頃は似たようなことやってたんだから。
前川 そうなの?
畠野 昔とった三里塚ってやつ。
前川 意味分かんない。でも谷やんって、ほんとは怖い人だったんだ。
田中 ともかく! 現にテロ遂行中の人に向かって暴力反対なんて云ってみても仕方ないだろう。
早水 芝居をやるのに、目的がいるの?
中野 連中が根本的に間違ってるんじゃないかって、そのこと?
早水 世の中のためになることしかやっちゃいけないの? 何かの役に立つことだけが大切なの?
畠野 おれは、できればそうありたいとは思ってるよ。
田中 そりゃ役に立たないよりは役に立つ方がいいのかなってぐらいにはおれも思うけど、
 それが絶対条件だとまでは思わないな。
畠野 まあそうだけど。
前川 お芝居って、面白いじゃない。
 面白いことして、人を楽しませたり、感動させたりするのも、人の役に立ってるんじゃないの?
早水 面白いか面白くないかよりも、善悪の方が優先するとか云ってた。
 そんな考え方っておかしいと思う。
田中 実はおれ、奴らの云うこともまったく分からないこともないんだよなあ。
 そう簡単に賛同もできない気はするけど。
早水 それどういうこと?
田中 おれはずっと、何か面白いことがやりたいと思い続けてきたんだ。
 芝居に関わりだした頃なんか、何でも面白かった。自分の芝居もそうだし、ひとの芝居観るのも。
前川 今は面白くないの?
田中 そういうわけじゃないんだけど……。
 ときどき考えるんだよねえ、それこそあいつらみたいなんだけど、
 こんなことやってて意味あんのかなあって。面白い芝居なんか、他にいくらでもあるじゃん。
畠野 何も自分でやらなくてもって?
田中 そんな感じかなあ。
 まあ鹿児島だとそんなに本格的な芝居を観る機会って滅多にないけど、
 福岡ぐらいだったら時々観に行けない距離でもないだろ。
 別に鹿児島に住むことを誰かに強制されてるわけでもなし、なんなら引っ越したっていいんだしさあ。
中野 やる側じゃなく単に観る側としての話ならな。
早水 タカシさんは、わざわざ自分がやる側に立ち続ける意味なんかあるのかなあって云ってるんでしょ。
田中 そう。福岡とか、たまには東京にまで芝居観に行くこともあるんだぜ、おれ。
 そしたら面白い劇団とか、うまい役者とかいっぱいいてさあ。
 別におれなんか演劇シーンにいてもいなくても、全然関係ないじゃん。
畠野 究極的には、仮にメチャクチャうまい役者だったとしても、あんまり変わらないような気はするな。
田中 そうそう、そうなんだよ。すげえ経験積んで、万が一おれが名優みたいになったとしてもさ、
 でも名優ったって他に何人もいるわけだろ。
 いりゃあいるで重宝されるだろうけど、別にいなかったからってなあ。
 そう、それからこんなふうにも考えたんだ。おれが役者じゃなくて、ミュージシャンだったとするだろ。
 おれはやっぱり、努力していい歌をいっぱい作ろうとすると思う。
 だけどさあ、いい歌なんか世の中にはいくらでもあるんだよ。
 例えば歴史に残る名曲みたいなのだって挙げればたぶん何千曲とかってあるはずだ。
 仮にまあ五千曲あったとして、おれがメチャクチャ頑張って、
 一生の間になんとか一曲だけそんな歌を作れたとしてさあ、
 五千曲が五千一曲になるだけじゃんって、ね。
畠野 おまえすげえネガティブだな。まあ、分かるけど。
早水 だから何か他の意味が欲しくなるの?
田中 そういうことかな。
前川 全然分かんない。たとえ五千一曲目だとしても、そんなすごい歌作れたら嬉しいじゃん。
田中 もちろん嬉しいよ、でも……。
中野 しょせん自己満足?
田中 違うかなあ。
前川 自己満足でいいじゃん。
田中 悪いとは云ってないよ。でも時々虚しくなるって話。
早水 でもあいつらはそれを悪いって云ってるのよね。
畠野 本来のあり方じゃないって意味じゃないの? まあだから悪いってことなんだろうけど。
 あいつらもなんか、昔は違ったみたいなこと云ってたけど、実際いろいろあったわけだよね。
 おれ、よく知らないだけで興味はあるんだ。谷やんからそういう話は断片的に聞いてるし。
 中野はそこらへん、おれなんかよりずっと詳しいだろ。
中野 多少はな。
早水 あいつらの云うことにも一理はあるの?
中野 たしかに今の演劇シーンが目的を見失ってるってのはそのとおりだと思うよ。
 だからどうすればいいかなんてことは分からないけど。
畠野 演劇が目的見失ったってのは、いつ頃からなんだよ。
中野 うーん……まあ一九八〇年ぐらいかな。
前川 私まだ生まれてなーい。
早水 私もー。
中野 ちゃんに前川クン、そういうことあっけらかんと云うとショックを受けるお客さんがいるよ。
 おれも生まれてないけど。

 (5人のうち田中だけがショックを受けている)

畠野 じゃあそれ以前は芝居には目的があったのかよ。
中野 芝居に限った話じゃないんだが……、
 例えば戦後すぐくらいの時期に、文学は社会の役に立たなきゃいけないのかって論争があった。
 当時社会の役に立つってのは、要するに革命運動に貢献するって意味なんだけどね。
田中 え、そうなの?
中野 当時……っていうか、70年代ぐらいまでは、
 文学とか演劇とかだけじゃなくて芸術文化全般そうなんだけど、ぶっちゃけほとんどみんな左翼だから。
畠野 で、その論争では、芸術は革命運動の役に立たなきゃいけないって方が優勢だったんだな。
中野 いや、逆。細かいことは全部ハショっちゃうけど、
 要するに窮屈だろ、芸術はおしなべて革命運動に貢献すべしなんてのは。
 芸術はもっと自由であるべきだって話に当然なるわけだよ。
畠野 だってその論争が戦後すぐあって、自由にやればいいって結論になったんなら、
 それから70年代までまだかなり時間があるじゃん。
中野 だから物事はそう急には進まないんだよ。

 (黒子が舞台にホワイトボードを運んでくる)
 (ボードには、「中野裕也先生の・基礎だけわかる・演劇史講座」とある)
 (ベートーベンのバイオリン・ソナタ「春」、流れはじめる。NHKの教養講座っぽいイメージ)

中野 戦後すぐの頃の革命運動の中心には、共産党がいた(「共産党」と書く)。
 他のジャンルのことは省いて、演劇の世界はこの当時、新劇一色だ(「新劇」と書く)。
前川 新劇って何?
田中 考えてみなよ。日本オリジナルの古い演劇って何だ?
前川 うーん……、あ、歌舞伎とか?
田中 そうだね。
早水 幕末維新以降の近代化の動きの中で、演劇も近代化しなくてはいけないということで、
 坪内逍遥、島村抱月、小山内薫といった人たちが、
 明治時代に西洋の演劇をお手本にした新しい演劇を始めます。これが新劇です。
前川 そんなことどこで習ったの?
早水 高校の日本史に出てきます。
中野 話を戻すよ。
 今ちゃんが説明してくれた明治以来の新劇ってのが長らく演劇シーンの中心にあって、
 とくに戦後の新劇は共産党と一心同体(「共産党」と「新劇」を二重線で結ぶ)。
 ところがさっき云った論争があった一九五〇年代半ば頃から、
 狭い意味での左翼運動の世界でもいろいろ内輪もめとか分裂が始まって、
 その過程で堅っ苦しい共産党に反発した連中が、新左翼運動っていう、
 新しい流れを作ってくんだな(「共産党」から矢印を引っ張って、「新左翼」と書く)。
 「激動の昭和史」とかって時々テレビでやってる、60年代の学生運動ってのはこっちの流れ。
畠野 谷やんがやってたやつだ。
中野 谷やんの学生時代はもう70年代入ってからだから、ほとんど最後の方の世代だと思うけど。
田中 それで演劇シーンの話はどうなったんだよ。
中野 そうそう。
 だからいくら自由にやりたいっつっても、そもそもみんな左翼なんだから、
 すぐに政治色が消えてなくなるわけじゃなくて、
 新しいことやりたい連中は、みんなこの新左翼運動の方に一緒にくっついていく。
 演劇シーンでも、旧態依然たる新劇に反発した連中が、
 そこから飛び出していわゆるアングラ劇団を作り始める(「アングラ」と書く)。
 唐十郎とか、寺山修司とか。
早水 私、寺山修司大好き!
前川 誰それ。
畠野 後で川上さんに教えてもらうといいよ。万が一生きてたら(合掌)。
中野 一昨年だか鹿児島にも来た黒テントもこの頃登場した代表的なアングラ劇団だ。
 共産党・新劇に対して、新左翼とアングラが、
 互いに強い影響関係を持つ時代になるんだね(「新左翼」と「アングラ」を二重線で結ぶ)。
畠野 そんで、学生運動とか下火になって、芝居も今みたいになんの?
中野 そこらへん微妙なんだ。
 学生運動が下火になるっていっても、やっぱりある日急になくなるわけじゃないから。
 70年代をとおして徐々に徐々にそうなる。
 シラケ・ムードみたいなのが学生の間に急速に広がりはじめて、
 その時期に大ブレイクしたのがつかこうへいの芝居。
 こう説明くさいセリフをただ延々続けるのも芸がないので、趣向を変えよう。

 (黒子が舞台中央に布団を一組運んでくる)
 (同時に中野はホワイトボードを舞台の隅に移動させる)
 (早水と前川は中野についていく)
 (畠野が「父」として布団に臥せる。そばに田中が「男」として座る)
 (中野の説明セリフは早水と前川に解説するように)

男(田中) ところでどうです、この足は。
 この足ですよ。思い出の足ですよ。過去の古傷ですよ(と、ストップモーション)。

中野 つかこうへいの初期の代表作の一つ、「初級革命講座 飛龍伝」のワン・シーンです。
 初演は一九七三年。学生運動の衰退を決定的にした連合赤軍事件が前の年に起きています。
 いま喋っている彼は元機動隊員で、この劇中では、挫折した元活動家の家を定期的に巡回して、
 ほんとに挫折しておとなしくしているかを監視する、「監査員」という仕事をしています。
 そっちに(と「父」を指して)寝ている男は、もちろん元活動家。
 かつては「戦闘的かつ革命的戦士だった」と、この前のシーンで説明されています。

 (「春」、止まる)

男 (再び動き出し)冬になると、さぞかしあたしが憎いことでしょうな。ズキズキ、ズキズキ痛むんでしょ。この足ですよ。

 (男、打つ)

父(畠野) あいたっ。痛いなあ。
男 背中はどうですかな。背中ですよ(打つ)。
父 痛いなあ。
男 痛いなあって、そんなんじゃないだろう。そんな蚊に刺されたような「痛い」じゃないだろう。
 「権力にこづかれた所が痛い。三里塚で、憎っくき機動隊になぐられた所が痛い」だろ。
 何だよ、「あいたっ」てのは。その足は憎しみがこもっているんだろう。怨念がたまっているんだろ。
 だったら憎悪の眼差しで俺を見据えろ。キョトンとした目をして、もう。恥ずかしくないのか。
 さっきから聞いてりゃあ、おまえ、ちょっと、いいかげんだよ。……ほう、読書しておられますね。
父 いいえ。
男 マルクス全集の三巻と四巻のほこりのたまり具合が、少々、不自然のようで、
 読んでいらっしゃるんでしょう。
父 いいえ、とんでもありません。
男 『反デューリング論』でしたかな、商品論でしたかな、三巻は。
父 眼が悪くなっているものですから、とんと本など、手が届きません。
男 だったら、どうして、とりたててここだけほこりが少ないんでしょうかね。
 本読まなかったら、一体、何したっていうの。
父 娘が昼寝の枕にしたんでしょう、娘はよく寝ますから。
男 娘はよく寝ますから。
 先行き頼もしい娘さんですな、お昼寝の枕にね、奨学金でも出してあげたいところですな、と、監査員。
 先々月号の『月刊挫折』特集、監査員に対するQアンドA。
 Q「本のほこりのたまり具合が少ないようですな」。
 A「娘が昼寝の枕にしたんでしょう、娘はよく寝ますから」。
 カッコ、この「娘はよく寝ますから」というフレーズを付け加えることによって、リアリティが増す。
 群馬A男、三十五歳、挫折後、チリ紙交換業。
父 もう、国家権力の手先に渡っていたのか、むー。
男 『月刊挫折』って何だよ。
父 同人誌です。挫折した人どうしで、『友の会』作ってるんです。
男 『友の会』ね、もう、俺いやだよ。その、なんだ、個的闘争ってのは、どうなってんの。
 日和ったやつ、ガン首そろえて何しけこもうってんだよ。
 ほっときゃ何やらかすかわかんねえよ、こいつら。ひけめはないのかよ。

 (と、劇中劇終わり、畠野と田中は立ち上がって一礼し、布団を外へ運び出してまた戻ってくる)。
 (ビバルディ「四季・秋」が流れはじめる)

中野 (二人が戻ってくるのを待たずに)見てお分かりのように、
 当時の学生運動が徹底的に茶化されています。
 つかこうへいのこうした姿勢は、当然、退潮していく学生運動といまだ強く結び付いていた、
 アングラ演劇シーンでは、猛烈な反感を呼び起こしますが、
 学生運動にしらけつつあった若い世代には圧倒的な支持を受け、演劇シーンが確実に変化し始めます。
早水 でも、半分しらけながらでも、学生運動に対する未練っていうか、
 関心の持続みたいなのが観客の側にないと、成立しにくい感じですね。
中野 そのとおりです。たぶんこれをこのまま今やっても、誰も共感しないでしょう。
 同じころ、音楽の世界では、いわゆる反戦フォークみたいなものが古臭く感じられるようになって、
 吉田拓郎や井上陽水の時代になります。
 しかし彼らの初期の作品も、学生運動に対する独特の挫折感のようなものがない、
 もっと後の世代にはそのニュアンスが正確に伝わらない。それと同じです。
前川 川上さんは拓郎・陽水とか大好きだけど・・・と早水に・。
早水 ・前川に・分かって聴いてるとは思えません。
中野  70年代前半に登場した若者文化の担い手たちには、学生運動への距離感や違和感と同時に、
 そこから身を引くことに対する負い目とが相俟ったアンビバレントな感覚が広く共有されています。
 この負い目の部分をいよいよ断ち切ろうとするのが、
 70年代末から80年代初頭のサブカルチャー運動で、演劇でいうと、野田秀樹や鴻上尚史です。
 例えば八一年の野田秀樹「ゼンダ城の虜」の中に、こんなやりとりがあります。

 (早水と畠野、並んで立ち、早水が何かをのぞき込む仕草)

中野 (早水を指し)この少年は、「覗きからくり」を見ています。要するに電気式の紙芝居です。
畠野 何を見てるんだ。
早水 ゼンダ城の虜。
畠野 テーマは。
早水 ない。
畠野 ストーリーは。
早水 ない。
畠野 感動も。
早水 ない。
畠野 般若心経だな、どれどれ(と早水を押しのけて代わる仕草をして、ストップ)。

中野 確かに当時の野田秀樹の芝居には、古典的な意味でのストーリーはありません。
 内容は荒唐無稽、セリフの多くは、ダジャレのような言葉遊びの応酬で占められています。
 同じ「ゼンダ城の虜」の中に次のようなシーンもあります。
 舞台は中世ですが、このシーンでは「二十世紀フェア」というお祭りがおこなわれています。
 少年たちと、露天商とのやりとりです。

 (「四季・秋」、止まる)
 (二十世紀フェア」ということで、20世紀の何か代表的な曲をBGMとして静かに流す。ビートルズか)

露天商1(田中) 僕達、食べていかないかい?
少年1(前川) なにさ。
露天商1 軽薄どんぶり。
少年2(早水) あん?
露天商1 二十世紀では、これを食べて二十四時間浮かれるっていうから大変だ。
露天商2(畠野) よしな僕達、買うならこれだ。
少年2 なんだい(と見れば風船)。
少年1 風船なら今だってあるよ。
露天商2 いやこれは、中世の風船とは見た目は同じでも中身も同じ、全てが同じ。
少年2 どこが二十世紀だ。
露天商2 この語り口だよ、云ってるようで何も云わない、云えない、云わせない、
 流れるコトバに実のない話、無芸大食、軽佻浮薄。
少年2 いらねえや、そんなもの。
露天商1 それならこいつはどうだ。
少年2 なんだい。
露天商1 (レコードを出して)二十世紀のおせんべい。
少年1 食べるのかい?
露天商1 食べるけれども食前の楽しみがある。
少年1 どうするの?
露天商1 (レコードをパキンと割る)この割れる音に聞きいるのが二十世紀最大の趣味レコード鑑賞だ。
 ほら聞き比べてくれ、これが二十世紀でも古い「えんか」が割れる音。パキン!(レコードを割る)
 こちらが「ニューミュージック」だ。パキッ!(レコードを割る)
 どれほどの違いもないが、めりはりが違う。二十世紀になればその差が出てくる。
露天商2 そんなものにだまされちゃいけない。
少年1 なんだい?
露天商2 買うならこれだ、二十世紀最大の乗り物、
 サラリーマンだ(と、客席の方へ行き、いかにもサラリーマン風の客を選んで指し示す)。
少年1 なんだ、人間じゃないか。
露天商2 同じ人間でも目が違う。
少年2 目が?
露天商2 愚鈍の目だ。こいつが朝になると目を開けて子供の代わりに電車を背負って、
 長いわりばしの上を走っては煙を出すというから二十世紀も訳のわからない時代だ。
露天商1 そんな共産主義者の社会風刺に惑わされちゃいけない。
少年2 それなんだい?
露天商1 ビニール本。
少年1 それなら知ってる。
露天商1 え?
少年1 (ペララララとめくる)なんだ。ドフトエフスキーじゃないか。
露天商1 いやお風呂でも読めるように、ビニールがはってあるだけだ。
少年1 詐欺だ。
露天商1 二十世紀になると人前じゃ恥ずかしくてドフトエフスキーが読めなくなる。
 そこで普段はファンシーケースの下に隠して、お風呂場でこそこそと原稿用紙にマスをかく。

 (4人、ストップ)

中野 分かりますね。
 上演された80年代初頭の軽薄な状況がシニカルに肯定され、
 深刻ぶったもの、マジメくさったものが笑い飛ばされます。
 当時の「ニューミュージック」、さだまさしや松山千春、長渕といったあたりでしょうが、
 多少メリハリがあるだけの演歌にすぎないとバカにされ、
 お客さんをいじりながらおこなわれるありがちな社会風刺も、
 次の瞬間、左翼のいつものやり口だと否定されます。
 ドフトエフスキーのような十九世紀的深刻さは時代遅れだとされます。
 実は、こういう比較的にテーマが前面に出たシーンを、
 あえて抜き出すような行為そのものが、否定されているとも云えます。
 実際、全体の中でこのシーンはさして重要ではありません。

 (4人、再び生徒役に戻る)

早水 でもやっぱり、意外と根はマジメっぽい気がする。
中野 ちゃん、鋭い。
田中 どういうこと?
早水 どう云えばいいのかなあ……マジメにふざけてる、みたいな?
中野 つかこうへいなんかの登場があったにせよ、
 八〇年頃までは文学も演劇も、まだ大きくは左翼運動の引力圏の中にあったからね。
 サブカルチャーってのは、その引力圏から本当に脱却しようっていう一種の文化運動なんだよ。
 要するに、自分たちは何か政治的社会的な目的に奉仕してるんじゃない、
 面白いことは面白いで何が悪いんだって開き直るのには、かなりの決意が必要だったんだ。
 負い目とか罪悪感みたいなものもあるだろうしさ。
 そこをぐっと堪えて、あえて開き直る。
 そういう積極的な政治脱却の試みが、他のジャンルでも同時多発する。
 音楽で云えばユーミンとかサザンの時代になるし、小説だと……。
早水 村上春樹とか?
中野 そうね。そういう変化がもうあらゆるジャンルで並行して進む。
 で、まあ、うーん……(ちょっと考えて)今に至る。
畠野 じゃあそのサブカルチャーの連中が悪いんだな。
中野 悪いってわけじゃないよ。その世代の人たちはやっぱり、
 政治的なテーマ主義の縛りっていうか、そういうのほんとに息苦しかったんだろうしさ。
田中 なんとなく分かってきたぞ。
 つまり今みたいな、とにかく面白けりゃなんでもいいだろって芝居を最初に始めた連中には、
 逆に強烈な動機や目的があったんだな。
 面白けりゃいいってもんじゃねえだろって空気がまず前提として濃厚にあって、
 それをぶち壊すって目的が実はちゃんとあった。
中野 そういうことになるかな。
前川 あ、こういう感じ? (眉間にシワを寄せて)絶対頑張らないぞ!
中野 おっ、前川クンもちゃんと分かってるじゃん。
前川 (得意の表情)
早水 でもそれが主流になっちゃったら……、
 目的を持たないってこと自体が目的、みたいなヒネった感じじゃなくて、
 目的がないのが前提っていうか、フツーのノリとして定着しちゃったら……、
 ほんとに何もなくなっちゃうね。
田中 だから現在に至る、だよ。
中野 この二、三十年の間にはその後もたくさん新世代の演劇人がブレイクしたけど、
 野田秀樹、鴻上尚史の登場以降、本質的な変化はほとんどゼロだね。
 あえて云えば、ちゃんの云ったとおり、
 目的がないことがわざとじゃなくて、当たり前みたいになったってことは、まあ重要な変化かも。
畠野 じゃあどうすりゃいいんだ?
中野 そんなことおれにも分からんよ。
 おれにできるのは、どうしてこうなったかっていう経緯の説明だけ。
早水 でもでも……仮にそういうのが私たちの生まれた頃に主流になっていったとしても、
 それはあくまで主流ってことで、全部が全部そうなったわけじゃないんでしょ?
 その流れに乗らないで、そういうのもう古いとか云われながら、
 目的のある芝居みたいなのをやり続けた人たちもいるんじゃないの?
中野 そりゃいっぱいいるよ。
畠野 そういう人たちはどうなったんだ?
中野 手近に見本がいるだろ。
田中 あ、谷やんみたいになったんだ。
早水・畠野 (深く)そうかあ……。
前川 谷やん何だか可哀想(涙ぐむ)。
左衛門の声 (舞台裏から)喝ーっ!

 (ギターを抱えた和服の男が舞台に転がり出てくる)
 (川上だが、ここでは「川上」ではなく「昇時郎」という役)
 (川上のストラップは白帯)

昇時郎 ひえーっ、師匠、お手柔らかに、お手柔らかに!

 (左衛門、登場。やはり和服。ギターは持っておらず、黒帯を締め、手に数本の弦を握っている)

左衛門 甘い甘い甘ーい! なっとらーん! 
 その腐りきった性根、今こそ叩き直してくれる!(と、手にした弦の「ムチ」で昇時郎をピシピシやる)
昇時郎 (ギターを抱えたまま舞台にしゃがみこんで打たれ続ける)
前川 あ、川上さんだ。

 (役者一同、「え?」と注目し、ざわざわする)
 (師弟は気づかずピシピシを続ける。昇時郎、「6弦はやめてください」などと悲鳴を上げている)

中野 川上さん! 川上さん! 
田中 おまえ無事だったのか。ケガは?

 (左衛門、気づいてピシピシをやめる)
 (師弟、顔を見合わせる)

左衛門 おやおや、いつのまに何やら賑やかなところへ出ておる。
 稽古に身を入れていたとはいえ気がつかなかったは不覚。
中野 あなたは何者です?
畠野 川上に一体何をしているんです?
左衛門 川上? はて、何か人違いをされているようですな。
 ソレガシ、音無之音流師範、名を堀左衛門と申す。

 (「音無之音」すなわち「サウンド・オブ・サイレンス」である)

早水 でもその一緒にいるギター侍みたいな人、川上さんですよね。
左衛門 これか? これはわしが以前つるんでおった甲斐判九郎という者の弟子でな、名を昇時郎という。
 判九郎がどこぞで拾ってきたんじゃが、先年流行りの病で判九郎の奴めポックリ逝きよったゆえ、
 不憫に思うたわしが引き取り、こうして修行を続けさせておる。
 それにしてもいくら教えても教えても飲み込みの悪い男でな、
 判九郎もこんな男のどこが気にいったものやら合点がいかぬが、
 まあ奴はむしろ謡が専門であったゆえ……。(ピシッ)おい昇時郎、おまえも立って挨拶せんか。
昇時郎 (よろよろと立ち上がって)昇時郎でござる。
田中 うそー、川上だろ?
昇時郎 人違いでござる。あっ(と前川に目がいって)すげー可愛い。おれ好み。ねえねえ何カップ?
前川 (顔をそむけ)絶対川上さんだ。
左衛門 (ピシッとやって)邪念を払え!
中野 しかし修行だ弟子だって、一体何を教えているんです?
左衛門 見て分からぬか。それとも薩摩の方にてはまだ見慣れぬものであるか、
 西洋から伝わった楽器の一種でな、ギターという。
中野 見りゃ分かりますよ。
左衛門 ならばわざわざ問うな。
田中 それにしてもその昇時郎さんのストラップ、ずいぶん質素なデザインですね。
昇時郎 これは白帯でござる。
左衛門 この男はまだギター7級じゃ。
前川 ギターに級とか段とかあるの?
左衛門 むろん、少なくとも我が音無之音流にはある。
 7級というのはつまりまあそうよの、アルペッジオ奏法がなんとかこなせるようになったという程度じゃ。
畠野 おれFは押さえられますよ。
左衛門 それは基本中の基本じゃ。10級で入門、Fの壁をクリヤーしたところで9級に上がる。
畠野 なかなか厳しいなあ。
左衛門 (やたらとカッコつけてFの運指ポーズを決める)
田中 (気づいて)あ、この人黒帯だ。
早水 でもなんでこの先生の方はギター持ってないの?
左衛門 ギター道にギターは要らぬ。
田中 それ聞いたことあります。
 「剣道に剣は要らぬ」とかって、なんか剣道の達人みたいな人が云ってました。
 左衛門先生、よっぽどギター巧いんですね。
左衛門 ほっほっ、巧いとか巧くないとか、
 そのようなことにとらわれておるようではまだまだ修行が……。
前川 (さえぎるように)何か一曲やって。
早水 私も聞いてみたい。
左衛門 可愛らしいお嬢さん方の頼み、
 聞いてあげたい気持ちは山々じゃが、相方の判九郎を失うた今となってはな。
 しかしわしらの名はさすがに遠く薩摩にまでは伝わっておらなんだか。
 これでも都ではいささか評判をとっておったものじゃが。
昇時郎 頭が高い、頭が高い! 控えい控えい!
 ここにおわすをどなたと心得る。このお方こそかの堀左衛門、
 一世を風靡した、「左衛門と甲斐判九郎」の堀左衛門先生にあらせられるぞ!

 (「サウンド・オブ・サイレンス」、流れる)

役者一同 サイモンとガーファンクル!?
昇時郎 違う!(「サウンド・オブ・サイレンス」、止まる)、左衛門と甲斐判九郎!
中野 (左衛門を指し)ポール・サイモン?
昇時郎 堀左衛門!
役者一同 (口々に)じゃあ知らなーい。
左衛門 (苦々しい表情)
昇時郎 (左衛門に)お気になさらず。しょせんは薩摩の田舎もんでございますよ。
前川 そんなのどうでもいいからさっさと一曲やってよ。
左衛門 仕方がない。昇時郎、この者どもに何か聞かせておあげなさい。
昇時郎 はっ、お任せを。

 (昇時郎、いったん引っ込み、ギターケースを持って戻ってくる)
 (ケースを開けると、大きく「おひねり歓迎」とある)
 (それより小さい字で、「スマイル0円」、「お得なバリュー・セットありマス」、
 「『粉雪』はじめました」などの貼り紙がある)
 (昇時郎の口調もいきなり現代ふうに)

昇時郎 いらっしゃいませ、ご注文をお伺いいたしまーす。
役者一同 (口々に「え、リクエストしていいの」「リクエストだってよ」など)
前川 どういうのできるの?
昇時郎 (「MENU」と書かれたファイルを取り出し)こちらお品書きとなっておりまーす。
前川 わー、いっぱいあるー。
畠野 やたらシステマチックだな。
昇時郎 (メニュー表をテキトーにを示し)ただ今の時間セットの方お安くなっておりまーす。
田中 そんなのあるのかよ。
中野 え、うそ、平井堅とかできるんだ。
昇時郎 よろこんでー。
早水 げっ、BoAとかある。似合わねー。
畠野 かと思えば加川良まで。
前川 誰それ知らなーい。
田中 ケツメイシとかもやんのかよ。
昇時郎 よろこんでー。
中野 なんでもいいから早く決めようぜ。
早水 ZAZEN BOYSがいい。
前川 何それヘンな名前。あ、私これがいい!
役者一同 (覗きこんで「マジかよー」、「前川クン趣味わりぃー」、
 「いいよ別に前川クンがそれがいいんなら」などと云い合う)
前川 これにするー、これやってえ(と、昇時郎に示す)。
昇時郎 「北の国から」セットお一つでございますね。かしこまりました。
 店内でお聞きになりますか、それともお持ち帰りになさいますかあ?
田中 どうやって持ち帰るんだよ!
昇時郎 ……(黙って首をひねる)。お支払いは現金で?
田中 他にあり得ねえだろ。
昇時郎 消費税込みで399円になりまーす。
中野 (千円札を出す)
昇時郎 では千円から。おつりの方601円になりまーす。(小銭を渡しながら)お確かめくださーい。
 あとこちらお得なポイント・カードとなっておりまして、
 ポイント10コたまりますと、ただ今無料で「乾杯」の方一曲おつけしておりまーす。
田中 いらねー。
昇時郎 (左衛門に)「北の国から」セット、ワン、プリーズ!
左衛門 「北の国から」セット、ワン、サンキュー。
昇時郎 (「北の国から」のイントロ弾き始める)
早水 今のやりとりには何の意味が……?

 (昇時郎、「北の国から」に続き、尾崎豊「アイ・ラブ・ユー」、
 長渕剛「西新宿の親父の唄」をひととおり歌う)
 (役者一同拍手)
 (客の拍手など続くようなら、左衛門が頃合いを見て「静まれ!」)

左衛門 昇時郎!
昇時郎 はい!
左衛門 今ギターを弾いたのは誰だ!
昇時郎 え? ぼくが弾きましたけど……。
左衛門 喝ーっ!(また昇時郎をピシピシやり始める)
昇時郎 師匠、何をなさいます、おやめください、師匠……(と逃げ回る)。
左衛門 (追いかけながら)ええい、いつまで経っても修行の進まぬ大バカ者じゃ!
 ギターは弾くものではない、ギターはギター自身が自然に曲を奏でるものとなぜ悟らぬのじゃ!
 おまえは無にならんか! 無にならんかーっ!
昇時郎 (逃げ回りながら)申し訳ございません! 修行が足りませんでしたー!
 私が間違っておりましたー! 私が間違っておりましたー!
左衛門 誰が間違っておったかーっ!
昇時郎 私が間違っておりましたー! 私が間違っておりましたー!
左衛門 まだ云うかーっ! 間違ったというその己はどこにあるんじゃーっ!
 まだ無にならんかーっ! まだ無にならんかーっ!
昇時郎 私が間違っておりましたー!
左衛門 まだ分からんかーっ! まだ分からんかーっ!
 その口が云うかーっ! その口はおまえの口かーっ、
 それともただ口であるだけの口かーっ!(などと騒ぎながら何処へともなく師弟退場)

 (取り残された役者一同、しばらく唖然としている)

早水 なんだかよく分からないけど大変そうな人たちね。
畠野 だいたいあいつら何か芝居と関係あんの?
中野 ただの通りすがりみたいだったな。
田中 芝居の邪魔しやがって。
前川 邪魔ばっか入る芝居ね。
早水 そうよ問題はテロリストの方よ。
中野 どこまで話したんだっけ?
前川 えっと……谷やん可哀想。
田中 そうだった。谷やんがいかに時代に取り残されているかって……話?
畠野 なんで演劇は目的を見失ったかって話だろ。
中野 でもなあ、そんなこと云ったって、おれらが物心ついた時にはすでにそうなってたんだもんなあ。
 おれだって後追いでいろいろ勉強して知ってるだけだし。
早水 田中君が目的が欲しいって気持ちは分からなくもないけど、
 でも目的って持とうと思って持つものじゃないでしょ。
 理屈は分かるし気持ちも分かるけど、でもやっぱり正直ピンとこないなあ。
畠野 なんか行き詰まっちゃったな。
前川 これ以上進まないっぽいことは私にも雰囲気で分かる。

 (ゆっくりとした足取りで昇時郎が再び登場。ギターはなく、黒帯になっている)

早水 川上さんだ。
畠野 違うよ、昇時郎さんだ。
早水 でもギター持ってないよ。
田中 ほんとだ。あれ? 黒帯してる……。
昇時郎 (無言でゆっくりと前川に近づく)
前川 え、何? 何?(と身をすくめる)
昇時郎 (無言のまま前川の胸を凝視)
前川 やっぱりセクハラだよお、気持ち悪いよお、誰かやめさせてよお。
昇時郎 (間をおいて、フッと笑う)やはり何とも思わない。

 (NHK「映像の世紀」メインタイトル、流れはじめる)
 (この後の昇時郎の長ゼリフ中、そのバカバカして内容に反比例して音楽はむやみに深刻に盛り上がる)
 (曲の長さ的に、最後の「豁然大悟」のくだりで、ちょうどキリよく曲が終わる可能性が高い)

全員 え?
昇時郎 つい今しがたまでかくもつまらぬものに心を乱されていたとは、
 はは、我ながら恥ずかしいかぎりだ。
前川 そういう云い方はそれはそれでなんかムカつく。
早水 でもさっきとは何だか雰囲気違うよ。
中野 昇時郎さん、何かあったんですか?
畠野 先生に追っかけられて、転んで頭でも打ったんじゃないか?
昇時郎 外れずといえども近からず。70点。たしかに私はあの後、すべって転んで頭を強く打ちました。
畠野 やっぱり。
昇時郎 死ぬかと思いました。薄れゆく意識の中で、堀左衛門先生、そして甲斐判九郎先生と過ごした、厳しい修行の日々が、走馬灯のように私の脳裏をかけめぐりました。ああ、私はこのまま死んでしまうのだなあ、あれだけ頑張ってやっと7級か、しょせん私のような者には、音無之音流、深遠な弦の道の奥義を究めるなど大それた望みであったなあ、しかしそれが私の人生だったのだ、無意味といえば無意味、それでも私は満足だ、無意味な人生にも意味があり、だが意味ある人生だったと云ってもしょせんは無意味、私ときたらもう死ぬという時に及んでまたおかしなことを考えている、やはり私は愚かなのだなと気づくとたまらなく愉快な気持ちになってきて、思わず吹き出してしまい、いつしか大声を上げてバカ笑いをしておりました。そして己の笑い声に驚いて、あっと意識が戻ったような次第です。ふと気づくと私は上から下まで桜島の火山灰まみれ、転んだ拍子に放っぽりだしてしまったのでしょう、私のギターは、ネックの折れた無残なありさまで、錦江湾の波間にへなへなと漂っているのが見えました。その情けなーい様子が、また妙に愉快に感じられて、私はふたたび笑いを押さえられなくなりました。それはもうこのまま笑い死にしてしまうんじゃないかというくらいで、せっかく死なずにすんだのに、今度は笑い死にしてしまうというのでは、命がいくつあっても足りない、まっこと私はつくづく救いようのない大バカ者であることよと、もう笑いの種が次々に生じてきて、とにかく大変なことでした。
早水 ハタから見ると単なるアブない人ね。
昇時郎 そこへ左衛門先生が後ろから私に声をかけられたのです。
左衛門の声 無事か、昇時郎、どうした、気でも狂ったか。
昇時郎 (バカ笑いしながら)気が狂ったかですって? 先生らしくもない。狂ったり狂わなかったりする己の心というものが一体どこにありますか(しばらく笑い続け、やめる)。
左衛門の声 昇時郎、これを置いてゆく。
昇時郎 振り返ると、もう先生の姿はありませんでした。砂浜の上に無造作に、この黒帯が放り捨ててありました。
田中 それでは昇時郎さんは……。
昇時郎 (改まり、正座してお辞儀をする)弦の道に仕え幾星霜、昇時郎、ここに豁然大悟いたしました!

 (照明、消える)
 (曲も長さ的にちょうどキリのよいところへさしかかっている可能性が高いので、そこで止める)
 (以下は退場しながら、ザワザワと雑談しつつ遠ざかっていくような調子で)

前川の声 じゃあギターもすごく巧くなったの?
昇時郎の声 そのようなことにとらわれておるようでは……。

アリババが四十人の盗賊(7)

      7.

 (第一案)
 (BGMが流れはじめる。セリフが聞こえるか聞こえないかギリギリになるくらいの大きめの音量)
 (ドボルザーク「新世界より」第四楽章、もしくは「アランフェス協奏曲、もしくは中島みゆき「異国」)
 (曲の長さ的ににはどれもこのシーンいっぱい流し続けるに充分だが、
 右の3ついずれを選ぶかによってこのシーンの雰囲気は全然違ってくる)
 (「新世界」なら勇壮な、「アランフェス」なら哀愁をおびた、「異国」なら滑稽かつ悲愴な感じになる)
 (あるいは3回公演でそれぞれ変えるのもよい)
 (照明がつくと、舞台上に、バラバラにテロリスト3人)

 (第二案は役者側の提起によるものである)
 (8場のセリフの伏線にもなるので、可能ならこちらの方がいい)
 (照明がつくと、舞台上に、バラバラにテロリスト3人)
 (3人は滝に打たれながらセリフを吐く。ものすごい水量で客を圧倒する。以後当然、舞台はぬかるむ)

秋山 同志近藤。芸術の目的とは何だね?
近藤 戦争の勃発を阻止することです。
里美 その答えでは不充分です。
 戦争の勃発を阻止することはもちろん、平和の到来を阻止することもまた、芸術の目的です。
秋山 そのとおりだ同志里美。では戦争と平和の共通点は何だ。
里美 本当は存在する多種多様な矛盾や対立が、何らかの不当な力によって覆い隠されてしまうことです。
近藤 平和とは一つの欺瞞です。
 この世の中には、深刻な対立をはらんだ未解決の問題が数多く存在しているにもかかわらず、
 それらが顕在化せず、一見平穏が保たれているとすれば、
 そこには必ず何らかの欺瞞が存在しているのです。
里美 戦争もまた一つの欺瞞です。
 戦争とは、国家と国家とが武力を行使しあうことです。
 そして近代以降の戦争はいわゆる総力戦であり、それぞれの国家の指導者は戦争を開始するに先立って、
 国民を扇動し国論の統一を図らなければなりません。
 開戦の後も、戦争が続けられているかぎり、国論が統一された状態もまた持続されなければなりません。
 つまり戦争においてもまた、国内の多種多様な矛盾や対立は覆い隠されるのです。
秋山 それでは、戦争でも平和でもない、本来あるべき状態とはどのようなものだ。
里美 世の中に存在するさまざまの矛盾や対立がそのままの形で噴出し、混乱を極めている状態こそ、
 本来あるべき健全な状態であると云えます。
 芸術は戦争の勃発と平和の到来を阻止し、健全な混乱状態を持続させることを目的とします。
近藤 したがって逆に、欺瞞的な戦争や平和の状態においては、
 一刻も早くそれを終わらせることが芸術家の使命となります。
 すなわち、平和状態にあってはさまざまの矛盾を顕在化させ、
 ことさらに対立を煽り、本来あるべき混乱をもたらすこと。
 戦争状態にあっては、自国にも敵国にもくみしない多種多様な立場を顕在化させ、
 国論の統一を乱し、戦争の継続を不可能にすること。
秋山 そう。これまではそれでよかった。
 しかし現在おこなわれている戦争において、この話は成り立たない。
 その点は二人とも充分理解しているな。
近藤 分かっています。
 これまでの戦争は、国家の単位で敵味方に分かれ相争うものでした。
 しかし現在おこなわれている戦争はそうではない。
 従来の戦争の定義からすれば、今回の戦争は戦争ではない。
秋山 だからこそ彼らは、今回の戦争を「まったく新しい戦争」と呼んだ。
 そして彼らがそう口にした瞬間、この本来戦争であるはずのないものが、
 確かに戦争以外の何物でもなくなってしまったのだ。
里美 アメリカはアフガンやイラクと戦争しているのではありません。
 彼らの戦争の相手は特定の国家ではなく、
 彼らが云うところの、「テロリストの国際ネットワーク」です。
 しかしテロ対策は本来警察の仕事です。
近藤 だからこそ米軍は「世界の警察」としてふるまうことになるのです。
 相手が国境を越えたとらえどころのないネットワークであるために、
 本来警察がやるべき仕事を、軍隊が肩代わりしなければならなくなったのです。
 国外の軍事活動は、かぎりなく警察活動に近づきます。
里美 そして同時に、国内の警察活動はかぎりなく軍事活動に近づくのです。
 これもまた、相手が国境を越えて世界中に遍在するネットワークであるがためです。
 敵が必ずしも国境の向こう側にいるとは限らないのです。
 国外で軍隊が相手にしているのと同じものを、国内では警察が相手にしなくてはならなくなります。
 国外では警察活動と見まごうばかりの軍事活動が展開され、
 国内では軍事活動と見まごうばかりの警察活動が展開され、
 両者が一体となってひとつの戦争状態を形成します。
 すなわち「まったく新しい戦争」です。
近藤 この戦争には、戦闘地域と非戦闘地域の区別などありません。
 戦場でない場所など、もはや地球上のどこにも存在しないのです。
 第一次世界大戦、第二次世界大戦。
 しかしながらかつては、中立国というものもまた数多く存在しました。
 2001年9月11日。あの日に開戦した「まったく新しい戦争」こそは、
 真に世界大戦の名に値する文字どおり地球規模の戦争です。
秋山 世界が戦争状態に突入したのは確かにあの日だ。
 しかし我々はそうなってみて初めて気がついた。
 世界に冠たるわが日本国は、
 すでにとうの昔にこの「まったく新しい戦争」に突入していたのだということに。95年3月20日……。
里美 イスラム原理主義者に先駆けること6年、
 わが日本国では、仏教原理主義を掲げる武装集団による、首都中枢への攻撃がおこなわれていました。
秋山 あの日以降急速に進行した日本社会の変質の意味を、我々はずっと計りかねていた。
 ただそれが我々にとって決して好ましくない変化であるということだけは直観できた。
 戦争が始まるのではないかと考えたことはあった。
 しかしまさか、戦争はすでに始まっているとまでは発想が及ばなかった。
 これまでの戦争概念を越えた、「まったく新しい戦争」が。
里美 従来のテロや騒乱の範疇を越えた、ある決定的な武力行使が突然におこなわれ、
 当局は、それをおこなった特定の集団を非和解的な完全なる敵として設定します。
 監視と摘発の技術が飛躍的に高まり、
 当初敵とした集団以外にも、新たな「社会の敵」が次々と発見・摘発されます。
 最終的にはこうした監視社会化を支持しない者自体が敵とみなされます。
近藤 2001年9月11日以降、世界中あらゆる国で顕著になってきた傾向です。
 わが日本国は、世界に6年ほど先駆けていただけだったのです。
秋山 この状況で、芸術家にできることは何だ?
近藤 何もありません。
里美 芸術家の使命、すなわち健全なる混乱状態を作り出し持続させること、
 それ自体が彼らへの敵対行為となります。
 芸術家もまた、この戦争の一方の当事者たらざるを得ないのです。
近藤 戦争の当事者であるということは、芸術家ではないということです。
 今回の戦争は、いわば多種多様な矛盾や対立が覆い隠された欺瞞的な平和を維持するための戦争です。
 本来あるべき混乱を顕在化させる芸術活動は、
 イコール彼らの敵側としてのこの戦争への主体的参加であり、
 つまりもはやそれは芸術活動たり得ません。
 もはや芸術は不可能。芸術家は、芸術を断念しなければなりません。
里美 要するに我々はただ単に、敵の兵士です。
秋山 我々のスローガンを覚えているな。
近藤 もちろんです。
全員 すべての楽器を武器に!

 (テロリストたちがここで掲げるスローガンは、
 現在、ブッシュの戦争に反対する日本の左翼が掲げている喜納昌吉・作のスローガン、
 「すべての武器を楽器に」への批判的パロディである)
 (全員退場)

アリババが四十人の盗賊(8)

      8.

 (役者5人がバラバラに登場)

前川 豁然大悟ってなーに?
畠野 知らない。文脈からして、大いなる悟りを開いたとか、そんなような意味なんじゃないの?
前川 昇時郎さんすごーい。
早水 ところでその昇時郎さんは? もうまたどっか旅にでも出ちゃったの?
田中 それが実はまだ二階に住んでいるのです。

 (スポットライト当たり、寝転んでマンガなど読んでいる昇時郎が浮かびあがる)

畠野 だからそういう誰にも通じないパロディやめろって云ったろ。
 しかももう使い古されたパロディをわざとこれ見よがしにやってるってことすら、
 どうせ分かってもらえないんだから。

 (つげ義春のマンガのパロディだったのである。
 ちなみにこのマンガのこのラストシーンは、すでにさんざんパロディの題材にされている)

田中 (間をおいて、唐突に)杉山清貴と嫁がドライブ。
 そんなモザイクが俺に通用すると思ってんのか!
 ブルータス、俺もだ。
 この野郎、さっきからいい気になってりゃ黙りやがって。
 (今度はハンドマイクを使って)真白いワンピースを着た少女が、
 大きなバラの花束を大事そうにかかえながら、
 落ち葉をしきつめたペーブメントをゆっくりと歩いていきます。
 「あの娘はどこへ行くのだろう」。そんなことを気にかけながら、
 公演のベンチでのんびりと過ごす昼下がり。こんにちは、チリ紙交換です。
畠野 悪ノリすんな。だいたいそれ全部パロディですらないだろ。
 思いっきりパクリじゃん。ビックリハウスとか、萬流コピー塾とかの。
田中 いいんだよ、サブカルチャー全盛期の基本教養なんか今時もう誰も持っちゃいないんだから。
 何やったってウケる。どうせうちらアマチュア劇団だし、
 文化音痴で無知モーマイな客ばかりだと脚本家もさぞラクだろう。
畠野 (焦りだして)ちょっと隆さん、そんなセリフないでしょ。
田中 家族会議で決めたことじゃないか、どうしておまえは放し飼いに応じないんだ。
 構想10年、製作5年、執行猶予3年。
 いったい馬のどこの骨だ! 
 アフリカにこんなことわざがある、タデ食う虫が好き。
畠野 わっ、ラーメンズはマズいっしょ。さすがに分かるでしょ。
田中 平気平気、分かってもどうせ2、3人だよ。
 弘法は筆に謝れ、おまえは店長に謝れ。
 (ポケットから何か取り出して客に差し出す動きをして)馬の耳の現物。
畠野 もう、開き直らないでくださいよ。おいみんななんとかしろよ。
田中 そんな堅いこと云わないでおまえもやればいいじゃん。前川クンもなんかやってみなさい。
前川 えー?(困る)
畠野 台本にないこと勝手にやっちゃダメですよ。みんな隆さんみたいにアドリブ慣れしてないんだから。中野、おまえも黙って見てないでやめさせろよ。
中野 (ものすごくナマりつつ、おそるおそる)谷やんがアドリブ禁止って云ってたでしょ。

 (以下、中野は一貫してひどくナマる)

前川 私もちょっと勇気出してみる。
 マッチョが売りの少女。
 大きく張り出した高気圧が、ゆっくりとなんかしています。
 タカシ! 毎日ブラしてんだったらバイトでもしなさい!
早水 前川クンやめなよ。
田中 六法全書を読むと、私がこれからしようと思っていることが全部禁じられていました。
 三つ数えるあいだに出すんだ。一つ、二つ、……二つ半。
 はは。こいつら芝居もろくに見てやしねえ。野田秀樹でも鴻上尚史でも、なんでもパクリ放題だ。
前川 月刊へらぶな。
田中 (客の反応を確かめた上で)うわっ前川クン大胆!
 一言ギャグとしてはビミョーなチョイスだったけど、でも大胆!
 去年の岸田戯曲賞パクりやがった。客ナメすぎ!
 (前川に)シチューかきまわしののち味付けを申し渡す!
前川 だてコンタクトレンズ。
 いつか私の目の前に吐くまで酔ったおじ様が現れて……。
 めぐまれない子供たちに合いの手を(客が理解できてないようであれば、間をおいて実際に合いの手)。
 将軍様のおなぁにぃー!
川上 (突然「二階」から)おまえらいい加減にせー。芝居壊す気か!
田中 (ちょっと間をおいて、キレる)もうウンザリなんだよ!
 なんでこんなバカな客相手に芝居しなきゃいけないんだよ。こんな芝居もう続けなくていいよ。
中野 ちゃん、ちょっとみんな呼んできて。
早水 (走って出てゆく)

 (少し間)

前川 実は私ももうウンザリなんだよね。
川上 前川クンまで一緒になって何を……。
前川 だって意味ないじゃん。ただ面白いっていう以上の芝居やりたいとか云っても、
 そんなのやる側の人間の努力だけでなんとかなるって状況じゃ、もうないじゃん。
川上 そこを苦労して外山さんがなんとか脚本にしてきたんだろ。
前川 そりゃそうだけど、やっぱかなり無惨だよ、この脚本。
 ほんとに云いたいこと云うシーンなんかほとんどただの演説調だしさあ。
 それだけじゃ客が退屈するだろうって、無理してコントみたいなシーンちょこちょこ作ってさあ。
 だけどもうチクハグになってるじゃん。演説のシーンとコントのシーン、まるで脈絡ないし。

 (このあたりで秋山、近藤、里美も「どうした、何が起きてるんだ」という感じで登場)
 (秋山は亀甲縛りされており、里美はムチを手にしている。舞台裏で一体何してたんだか……)

田中 パロディやっては、ここは実はパロディなんですよ、とかっていちいち説明してさあ。
 やっててつらいんだよね、マジで。
前川 それもこれも全部結局はさあ、なーんにも知らない客相手にしなきゃいけないからでしょ。
中野 だってそれは前提ですよ。そういうこと何度も話し合ったじゃないですか。えーと……何ですけ?

 (以後、中野は役を離れるとちょっと難しげなことは一切云えないキャラに)
 (明音は以下セリフを自分で関西弁に変換のこと)

明音(元「里美」) なんかやるにしても、それが意味持つっていうか、何かの力になるためには、
 たしかにやる側と観る側とで何らか共有してる知識なり体験なりが必要で、
 でも今それがないって状況を確認するとこから今回私たちは始めようってことでしょう。
中野 それです。
畠野 唯一共有できるのは、今の時代、
 みんなが共有できてるものなんか何もないっていう事実それ自体だけだって話になりましたよね。
中野 どうでもいいパロディたくさん入れては、分からないでしょってしつこく繰り返してるのも、
 ……何ですけ?
明音 要するにうちらとお客さんとで、
 あらかじめ共有できてることがいかに少ないかってことを実感してもらうため。
中野 それです。
田中 そうだけど……。
畠野 (田中を説得するように)例えば鴻上尚史なんかでも、
 フランス現代思想のパロディとかって当たり前みたいに出てくるし、
 要するにやる側の水準はもちろん、観る側の水準も今と違ってものすごく高かったんです。
 (いきなりキレる)でもおれらは二〇〇六年の客を相手にしなきゃいけないんだ!
早水 (戻ってきて)谷やんも外山さんもいない。
 たぶん例のムリヤリ短歌の原稿、どっかで書いてるんだと思う。
川上 えーっ、どうなるんだよー。
鮫島(元「近藤」) (ポツリと)おれももうやめたいな。やっぱおれも意味感じられない。

 (鮫島、舞台を下り、客席の方へ退場しようとする)

渡辺(元「秋山」) (とりつくろうように)同志近藤……(と鮫島をひきとめる)。
鮫島 近藤じゃねえよ、おれは鮫島だよ、……ナベさん。

 (鮫島、渡辺をふりほどき、空きがあれば客席、なければ花道に座り込んでしまう)

渡辺 (アタフタする)
川上 (渡辺に)落ち着いてください。
渡辺 だって……だって……。

 (以後、渡辺は全員から徹底的に軽んじられる)

川上 (渡辺をほったらかし、鮫島に)お客さんどうするんですか。
 せっかくお金払って観にきてくれてんのに。
鮫島 (客席から)カネさえ払えばそれ相応の見返りがあるってのは、それ資本主義の論理じゃん。
 芝居ってそういうことじゃないでしょ。
川上 もー、無茶云わないでよー。誰か助けて。

 (以後、川上はなんとか場をとりなそうと役者の間を右往左往するが、渡辺だけには目もくれない)

中野 あのー、これもミーティングでよく話題になってましたけど、
 芝居っていうジャンルが持ってる可能性として……何ですけ?
早水 そもそもあらかじめ客層が絞られる。
中野 それです。
明音 私もそれ大事だと思いました。ウチでタダで見れるテレビより、
 わざわざお金払って観にいかなきゃいけない映画の方が客層は絞られるし、
 同時に何十ヶ所何百ヶ所で上映できる映画より、一度に一ヶ所でしかやれない芝居の方が、
 客層はもっともっと絞られるって。
畠野 そうだよ。とりあえず、まずは今あふれてる娯楽に満足してない、
 もっと他に何かないのかって感じてる人がやっぱり、
 (いきなりキレる)芝居をわざわざ観に来てくれるんだ!
川上 そうそう。芝居っていうジャンルを選ぶだけで、
 自然に少数派の人がこうやって集まってくるようになってるんだよ。
 そういうメカニズムをちゃんと意識して芝居しようって話したじゃん。
早水 私たちのお芝居ってやっぱり多数派には通じないテーマだし、
 それだったら自分たちが少数派であるってことを逆手にとって、
 そのことにポジティブな意味を持たせられるのが芝居っていうマイナーなジャンルなんだって話です。
田中 (客席を指さし)こいつらのどこが少数派なんだよ。
 どうせ家ではオレンジレンジとか聴いて感動してんだよ。カラオケ行くと粉雪、粉雪熱唱するんだよ。
畠野 ひっでー、そんなのやってみなきゃ(いきなりキレる)わかんないよ!
渡辺 (田中に)お客さんに失礼だぞ!
田中 (渡辺を無視して)分かるよ。
明音 それはこの後、本当はナベさんがアドリブ混ぜたお客さん参加のクイズ大会みたいなことやって、
 若い奴はいかに上の世代にとって常識だってものを知らないか、
 上の世代はいかに若い奴らにとって常識になってるようなこと知らないか、
 実験してみるシーンがちゃんとあるんだから。
渡辺 そうだよ、おれの出番減らすなよ。
田中 (渡辺を無視して)そんな話はわざわざ芝居の中で実験してみなくても分かるだろ。

 (以後、渡辺はすっかりスネて、時々「おれはもう知らないよ」などとグチるがそれも無視され、
 やがて退場し、一升瓶をを持って再登場、舞台後方で独りで呑み始めるも、
 やはり時々気を引こうとしていろいろ試す。がもちろんそれらもすべて無視される)

明音 やってみなきゃ分かんないから実験するんでしょ。
前川 実験するまでもなく結果が分かってるから、外山さんがそれ前提でその先の脚本書いてんじゃん。
 もはや「少数派」なんてことそれ自体が成立しなくなっててさあ、
 ここに集まってんのも、単に多数派の中の物好きな連中ってことでしょ、結局。
中野 物好きでもいいじゃないですか。物好きってのもやっぱり今は少数派じゃないですか。
前川 中野さん、物好きと少数派は違うよ。物好きは単に趣味の問題。
 そんなんじゃなくて、現状に対する違和感とか、生き難さみたいなことでしょ、
 少数派であるってことは。
中野 ……それです。
畠野 (中野に)おい!

 (と畠野は中野に空手の技でツッコミを入れ、中野はそれをやはり空手の技で受ける)
 (畠野と中野は壮絶な格闘に突入、それっきり議論の輪から抜けてしまう)
 (ちなみに畠野と中野は実際に同じ大学の空手部出身である)

田中 今どきただそれが芝居だってことだけで、客をふるいにかけて、
 こっちが観せたい、来てほしいって思ってる層にアピールするなんてことできないと思うな、おれは。
前川 私たちがほんとに私たちの芝居を見てほしい、
 ほんとの意味での少数派ってのもいないとは思わないよ。
 そういう人も世の中にはきっといるよ。
 だけど芝居とか、あるいはもっと限定してテント芝居、野外芝居ってことにしてもさあ、
 結局フツーの客しか来ないんだよ。
 世間一般で少数派な人は、テント芝居の客の中でもやっぱり少数派。
 そんなこと、これまでに鹿児島に来てたテントの客層見ててとっくに分かってたことじゃん。
鮫島 (やはり客席から)演劇ってのがすっかり安全なジャンルになってしまってから、
 もう20年も30年も経つんだよ。
 どんな仕掛けしたって、客はただ消費する側として、
 テレビ画面見るみたいに安心感丸出しで漫然と見てられるんだしさ。
 そんなのにもうすっかり慣れきってんだから。

 (それまで前川・田中らをなんとか説得しようと、云いぶんに熱心に耳を傾けていた明音、
 鮫島が客席ですっかりくつろいでいる様子に気づいて急に脱力し、議論の輪を抜ける)
 (仲間ができたと渡辺が明音に媚びるが、やはり無視される)

前川 これまで鹿児島に来たテント芝居の中にもさあ、
 思いっきり硬派なテーマ性の内容やってるとこもあったけど、
 それを理解できるのは結局芝居見るまでもなくそんなこともともと考えてた人だけでさあ、
 ほとんどの客は、ただ火とか水とかガンガン使って、セットも大仕掛けで、
 何云ってるかよく分かんないけど役者がとにかくパワフルでって、
 そんなんで「感動しました」「ファンになりました」って、やってる意味何にもないじゃん。
田中 今回だってそうだよ。
 会場に向かう途中でバスジャックとかして、客に目隠しさせたところでさあ、
 一瞬ちょっとビックリさせられるかもしんないけど、
 次の瞬間にはそれも芝居の一部だってバレちゃうじゃん。
 ほんとにテロに巻き込まれたなんて思い込んでくれる親切な客なんか一人もいないし、
 おれらの方だって実はそんなこと客に期待してもいなかったりするし。
川上 そんなこと本番中にいきなり云い出さなくてもいいだろ。
早水 そうですよ。芝居をぶち壊しにして、この先どう収拾つけるんですか。
鮫島 (客席から)今さら何白々しいこと云ってんだ。
田中 そうだよ。こんなふうに役者がいきなり役を離れてケンカみたいなこと始めても、
 これも外山さんの脚本のうちだって最初からもうバレバレだろ。
鮫島 (台本を取り出して露骨に棒読みで)今時もう何やったって予定調和をぶち壊しようがないんだよ。

 (鮫島、客席を徘徊しながら台本をテキトーに客に配り始める)

早水 お言葉に甘えて私ももう開き直りますが、
 要するになんで予定調和を壊す芝居がやれないかって云ったら、
 結局最初から芝居やりますって云って客を集めるからだと思いますね。
 その時点でもう、うちは安全ですよ、アブないことなんか何もありませんよって、
 大々的に宣言してるようなもんですから。
田中 異議なし。芝居なんかにもう可能性はない。
 この状況で芝居の可能性をほんとに追求しようと思うんなら、
 まず芝居なんかとっととやめちゃうことから始めるしかないとおれは思うね。
早水 演劇とは何か、演劇は何のために存在するのか、
 それを問い直す芝居をやろうと今回私たちは集まったわけですが、
 結局は演劇を否定する演劇になってしまいましたね。
 そういういわゆる「反演劇」というものがこれまで存在しなかったわけではありませんが、
 何にも知らないお客さんを相手に、ここまで手取り足取り啓蒙的な芝居はやはり画期的です。
鮫島 (客席から)また云わされてるな。
前川 本当に私たちのやりたい芝居を、本当に私たちが見せたい人たちに見せようと思ったら、
 いっそ私たちが本当は劇団なんだってこと一切秘密にするしかないね。
早水 それいいですね。
鮫島 (客席から)反政府組織・あたまごなし!
田中 いいねいいね。そんで反政府集会とかいって集まれって呼びかけて、
 フタ開けてみるとおれたちの芝居なの、単に。
早水 政治団体が芸術を政治利用する話はありふれてますが、つまり私たちはその逆を行くわけですね。
前川 そんなふうにでもしなきゃもう意味ある芝居なんて無理だよね。
川上 それはそうかもしれないけど……。
田中・前川・鮫島・早水以外の全員(川上含む) そんなの客集まんないでしょ!

 (一礼)
 (たぶん客はここで本当に終わりなのかどうか、とまどう)
 (サイレンが鳴り響き、テントの周囲が火に包まれる)
 (舞台奥、どこか高い地点に、スポットライトに包まれ、ハンドマイクを持った谷口)

谷口 まだ芝居は終わっていなーい!

 (「シェラザード」流れる)
 (が、「シェラザード」ではこのシーンはもたないので、サワリだけ流し、すぐに別の曲に差し替える)
 (「ツァラトゥストラ」か、「ワルキューレ」か、とにかくベタなもの)

谷口 テント芝居にはまだ唯一残された可能性がある!
 それは、芝居の上演が終わった後、我々劇団側の人間と、今日の公演を見てくれたお客さんが、
 この場に残り、今日の感想とか、これから何かこういうことを一緒にやろうじゃないかとか、
 熱く語り合いながら、みんなで酒を飲むということだ!
 そういうことができる限り、テントで芝居をやるという意味がある!
 だがしかし、テント芝居というものに慣れていない、ここ鹿児島のウブなお客さんには、
 せっかくテントで芝居をやってるというのに、芝居が終わるとすぐ帰ってしまうという、
 なっとらん者が数多く見られることは、まことにきわめて遺憾である!
 そうであるがゆえに我々「劇団あたまごなし」は、実力行使にうって出る!
 ご覧のようにテントは炎に包まれ、しばらくの間、諸君は外に出られない!
 よしんば火の勢いが弱まったとしても、フェリー埠頭までのバスは、最低あと1時間は、出さない!
 全観客はいさぎよく観念し、我々と酒を飲め!
 シュプレヒコール!
役者全員 おーっ!
谷口 シュプレヒコール!
役者全員 おーっ!
谷口 うちに帰るまでが遠足!
役者全員 うちに帰るまでが遠足!
谷口 うちに帰るまでが遠足!
役者全員 うちに帰るまでが遠足!
谷口 芝居が終わってからがテント芝居!
役者全員 芝居が終わってからがテント芝居!
谷口 芝居が終わってからがテント芝居!
役者全員 芝居が終わってからがテント芝居!
谷口 それではいよいよ本番、
全員 よろしくお願いします!

 (一礼)

                《終わり》

About アリババが四十人の盗賊

ブログ「ファシズムへの誘惑・ブログ」のカテゴリ「アリババが四十人の盗賊」に投稿されたすべてのエントリーのアーカイブのページです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のカテゴリはわしも獄中で考えたです。

次のカテゴリはストリート・ミュージシャン容認要求闘争です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。