私の恥ずかしい告白を聞いてください
短歌バナシは次回に後回し。
今回は私の恥ずかしい告白を聞いてください。
私は獄中で気づいてしまった。
私は「アダルト・チルドレン」なのだということに。
うー恥ずかしい。
自らの「心の傷」を得意気に語りちらす近年の風潮を「ケッ」と思っていた私が、自身を「アダチル」規定せざるを得ないと認めることには、それこそプライドを大きく傷つけられる。はっきり云って屈辱的だ。
だが事実なのだから仕方がない。
私はそれまで、ごく平凡な家庭に育ったと思っていた。父も母も、私に充分な愛情を注いでくれたと思っていた。現在の私の思想的・政治的立場が圧倒的に正しいことには自信があるが、そのために社会の通常の枠から大きく外れ、両親の期待に背いたのは、つねづね申し訳ないことだと感じていた。
しかしそれらは大いなる勘違いであった。
今の私には分かる。
私は異常な家庭に育った。その異常さに気づくためには、獄中での長い内省を必要としたというくらいに、一見フツーの家庭だった。
だがあれは、崩壊家庭だったのだ。最初から崩壊した家庭で、私は愛されずに育ち、こうなった。
父方祖母の職場の同僚だった母と見合い結婚した父は、初夜の翌日、母が「処女ではなかった」と大騒ぎし、身に覚えのなかった母はいたたまれなくなって隣町の実家へ逃げるという事件があったという(こんな話を息子の私が知っているということ自体が、そもそも異常だと思う)。
結局、説得されて母はすぐに嫁ぎ先に戻ったのだが、夫婦の信頼関係は新婚早々に壊れていたのだ。母は、その後ずっと父を軽蔑し続けた。
険悪な夫婦関係が、子育てに悪影響を与えないはずがない。
母はおそらく、子供たちを自分の側に引き入れようとした。私にそれが母親の愛情だと錯覚させたものは、実はすべて父への報復感情に基づいていたのだ。
実際、父は軽蔑に値する人間だ。
父は7人きょうだいだが、うち男は父一人だ。鹿児島には珍しく、女の発言力が圧倒的に強い家庭だったのだと思う。父の異常な性質は、そんな環境に規定されているのに違いない。さかのぼっていけばキリのない話だが、父の異常も、そもそもは外山家の異常に起因するのだ。
そうだ。そもそも外山一族は異常なのだ。
よしあしはともかくとして、普通の日本の家庭では、母方よりも父方の親族関係の方が近しくなりがちだろう。私から見れば、私の親族も同じだったから、私は長らくこの外山一族の異常さに気がつかなかったのだ。
つまり、私にとって、頻繁な付き合いのある親戚というのは、父方のそれだった。おじ・おばやイトコたち。だから長らく疑問に思わなかったのだが、よくよく考えてみれば、私にとって父方のイトコである彼らの側から見た時、私は彼らにとって母方のイトコなのだ。私が近しい親戚だと思っていた父方のおじたちは、よくよく考えると私との血縁はなく、単におばの嫁ぎ先であるに過ぎない。
盆・正月のたびごとに外山一族は鹿児島の父方実家に結集していたが、イトコたちにとってそれは父方ではなく母方の実家だ。もちろん、血縁のあるおばたちも含め、彼らはそもそもすでに「外山」の苗字を持っていない。
現在でも、外山一族の中でもっとも発言力を持っているのは、よくよく考えると外山家の人間ではないおじ、私から見て父の妹の夫だ。地元で以前、観光ホテルを経営していたそのおじは、要するに親戚一同の中でずばぬけて金持ちなのだ。私のおば、つまり父自身にとっての姉や妹たちに頭の上がらない父は、もちろんこのほとんど他人であるはずのおじにも頭が上がらない。振る舞いを観察していると、ほとんど下僕である。
父は、妻である私の母や、子供である私たちのそれよりも、常におじ・おばの意向を優先させてきた。状況をよく理解していなかった幼い時分の私たちはともかく、母は、そんな父をますます軽蔑した。
ちなみに父は、私が刑務所にいたことを心底恥じている。何よりも、おじ・おばたちにそのことを知られたくないのだ。もちろん例の「計画」によって、そのことは近々私自身によって大々的に暴露されることになるのだが、今の私はそのことを父に対してすまないなどとはまったく感じない。
普通、子供が刑務所に、しかもわけのわからない政治的陰謀によってほとんど無実の罪で刑務所に入れられたとなれば、親としてそれなりに思うところがあるはずである。しかし私の父にかぎってはそんなことはまったくない。それどころか、出所まもない私に、「清水健太郎また逮捕」のニュースを引き合いに出して、「おまえもこうなりそうだ」などと無神経発言のオンパレードなのだ。父にとって私の逮捕・投獄は、バレると親戚一同の間で体裁の悪いひたすら不快な秘密でしかない。
とにかく父は、息子の私から見てさえ生きている価値のないゴミである。もともと他人である母にとっては、ますますそうであったろう。
異常な一族による異常な嫁いびりも多発したようだ。もちろん、そんな時に父は母を擁護しない。むしろおじ・おばの側につく。そもそも家庭を持つ資格のない男なのだ。
だから母の私たち子供に対する「愛情」が歪つなものとなることには、客観的には同情の余地なしとはしない。だが、私たちはその犠牲者なのだ。
14歳でごく正常に「反抗期」を迎えた私に対して、母は徹底的に対決してきた。反抗期の子供に対して、母親としてもっとも「やってはいけないこと」だ。
母の求める理想の子供像から逸脱していく私を、母は絶対に認めようとはせず、自分の思いどおりに矯正しようとした。母は当時から現在に至るまで、私に対して「自分だけが正しいと思っているだろう」と云うが、それは実は母の無意識的な「自供」だったのだと今の私は思う。母は、私の生き方を「間違った」ものとみなし、自らの「正しさ」を信じて疑わなかった。
母は常に、中高生時代の管理派教師たちをはじめとする私の敵対者たちと通じてきた。実は今回の投獄に至る過程においてもそうであった。自称「被害者」の元彼女や、それを「支援」するクソ左翼の活動家や、刑事たちと母はすぐに通じた。
私にはそのメカニズムが長いこと謎であった。母は母なりに、私のためによかれと思って行動した結果がそうなるのだろう、不愉快なことだが悪気があるわけではないのだから我慢しようと、漠然と思っていた。
だが、今は分かる。
母は、私がこうなったのは自分のせいではないと云いたかったのだ。
私が「ヒトサマ」に「迷惑」をかける。それは私の育て方が悪かったのかもしれないという不安がある。その不安を、母は打ち消したい。こういう母を敵が篭絡するのは簡単だ。
とくに管理派教師や警察といった「権力」方面の私の敵たちは、私のような人間ができあがるのは、きっと両親の教育に原因があったのだと考える。つまり、「日教組」みたいな親に育てられて、こうなったのだろうと漠然と想像している。しかし、呼び出して会ってみると、まったくそんなことはない。むしろ私の両親は、一見ごく平凡な保守的大衆だ。そこでやつらは云う。「どんな異常な親が現れるのかと思っていたら、お母さんはマトモじゃないですか」。母は、この言葉に飛びつくのだ。そうです、私はマトモなんです、私の子育ては正しかったはずなのに、どういうわけか息子は道を誤ってしまったんです。やつらはとどめの一言をつきつける。「まったくお母さんのおっしゃるとおりです。ぜひ力を合わせて、恒一くんを更正させようじゃありませんか」。こうして母は敵の手に落ちる。
これまで何度も何度も繰り返されてきたのは、こういうことだったのだ。
母は、私のためを思って、しかし考えが足らないから結果的に敵陣営に身を投じてきたのではない。母はただ、自らの正しさを周囲に認めてもらいたかっただけなのだ。
思い返せば母は異常だ。
私は、18歳で単行本デビューを果たした。
14歳からずっと「小説家になる」と公言してきた私が、小説ではないにしろほぼ「夢」をかなえたのだ。母親としては、喜ばなければならないところだ。それは母親としての義務ですらあると思う。別にそのことを口に出さなくともよい。口では悪しざまに云っても、内心祝福してくれていれば、子供である私にそれは自然に伝わる。しかしもちろん、母は本気で私の「成功」を不快に思っていた。
今思えば、あの時が、私の「反抗期」をなんとか正常の範囲内で終わらせる最後のチャンスだったのだ。両親や教師たちに反抗を繰り返す。その延長線上で、念願の「作家デビュー」を果たす。教師たちはともかく、少なくとも母がこの時点で、そこに至る私の努力・苦しみを認めて、「自立」への出発を祝福してくれれば、おそらく私の「反抗期」は終了した。
母は、私の「失敗」を望んでいた。本当に心から望んでいた。
私は何度も活動拠点の維持に失敗し、その滞納した家賃などを母親に尻ぬぐいさせてきた。もちろんそのたびに母は小言を云ったが、今にして私は思う。そんな時、母は無意識にむしろ狂喜していたのだ。自覚はないだろう。「いつまでたっても自立できない情けない息子だ」と嘆いたろう。だが、実はそれこそが母の望んだ結果だったのだ。私が、母の望まない方向で「成功」してしまうことは、母にとって敗北を意味するのだ。
そして私の「失敗」の遠因も実はそこにあった。私が「成功」しようと努力するのは、私の「正しさ」を何よりも母に認めさせたいがためだったのだ。そんな「不純」な動機で、とくに不特定多数の他者を巻き込む「運動」が成功するわけがない。もちろん、私が私の「運動」を支えてきたこの本当の「動機」に気がついたのも、獄中での内省によってである。自分がまさかそこまで母親に「呪縛」されていたとは、思いもよらなかった。
恐ろしいことに「恋愛」においても私はずっと母に呪縛されていたのだ。
私は、これまでほとんどの歴代の(?)「彼女」を、母親に会わせている。私はそのことの異常さに無自覚であった。新しい「彼女」ができるたびに、それを母親に見せびらかしにゆく息子というのは、間違いなくどこか変であることに、やはり獄中でやっと気づいた。
母の対応の異常さも私に負けていない。
母は、私が席をはずした時を見計らって、必ず「彼女」に私との交際をやめるよう説得した。
私はなぜ母がそのような振る舞いに及ぶのか、ずっと謎に思ってきた。もちろん、それが「嫉妬」によるものではないことくらいは分かっていた。嫉妬というのはつまり、可愛い息子を自分のもとから奪ってゆく存在へのそれである。そういう感情は、母親一般にとって決して不自然なものではあるまい。ありふれた「嫁いびり」の背後にもある、ありふれた感情だろう。私の母の振る舞いを規定しているのが、そのような「ありがち」な、だから苦笑してすませておけばいい種類のものでないことだけは、分かっていた。
やはり母は、ここでも私の「成功」を憎んでいたのだ。母にとって「正しくない」生き方をしている私が、それを改めないまま「幸せ」になってはならないのである。もちろん母自身にそんな自覚はないだろう。私などと交際を続けていると、きっと苦労するから、別れた方が「彼女」のためにもいいし、早い段階で別れてくれれば、息子がまた「ヒトサマ」に「迷惑」をかけることもないのだ、という理屈が、自覚しているレベルでは「本心」としてあるだろう。
新しい「彼女」ができるたびに母親に「現物」持参で「報告」にはせ参じる、という私の異常な行動が、逆説的に母の無意識の異常を証拠だてているように思う。
私はなぜそんな異常なことを続けたのか?
もちろん無意識であったし、もちろんやっぱり獄中で気づいたことだが、私は私で、自分の「正しさ」を母に認めさせたかったのである。お母さん、あなたは私を悪く云うけれども、そんな私を好きになってくれる女性がいるんだよ、ほら見てごらんなさい、べつに「フツー」の可愛らしい娘さんでしょう、そろそろ私の生き方もこれはこれでオッケーなんだと認めてくれよ。
こんなことを無意識にでも考えていた息子の異常さは、もちろん母親の異常さに由来しているのだ。
当然、こんな異常なモチベーションに支えられた「恋愛」はいずれ破綻するに決まっている。
これまでの私の「運動」や「恋愛」がすべて破綻してきたのは、私の異常心理に原因があった。私の異常心理の原因は私の母の異常心理に原因があり、それは異常な父によって私の育った家庭が初めから崩壊させられていたからであった。
アダルト・チルドレン……子供の成育に悪影響を与える親のもとで育ち、成長してもなお精神的影響を受けつづける人々。幼少時代から親(血縁上の親とは限らない)から正当な愛情を受けられず、身体的・精神的虐待を受け続けて成人し、社会生活に対する違和感があったり子供時代の心的ダメージに悩み、苦しみを持つ人々。(「Wikipedia」より抜粋)
私は「アダルト・チルドレン」である。
あー恥ずかしい。
昨夜も父親の例によって例による無神経な言動によって猛烈に立腹し、そこへかの女子高校生による母親毒殺未遂事件のニュースを(数日ぶりに新聞を読んで)知って、またこのようなつまらない私事について書いてしまった。
尊属殺人に関しては無罪とすべきだというのが最近の私の持論である。親を殺すような子供を育てた責任は親にあるに決まっているからである。親を殺した子供は、親にその責任をとらせたにすぎない。もちろんそんな正しい世の中になれば、私も即、両親を殺す。
自らの異常さを自覚できた私は、自覚していなかった昔に比べれば快方へ向かっていることは確かだし、だから現在進行形の私のファシズム運動は必ずしも同じような失敗はしないと思うが、しかし私が依然として異常であることに違いはない。私は政治指導者には向いていないのである。早いとこ、誰かに総統の地位を継いでほしいものだ。
恒例の獄中短歌。
今回のやつ、内容的には事実だし、面白くないことはないと思うが、最後の「はブラック」は明らかに蛇足だと判断して「50首」には入れていない。
末尾連載 連作獄中短歌「百回休み」7
就寝を告げるインストゥルメンタルの「ひとり寝の子守唄」はブラック