わかってると思うが、このブログには時差がある。
これがアップされるのかいつになるのか知らないが、鹿児島拘置支所の独房でこれを書いている今現在は7月2日の夜8時頃である。
警察署の留置場では便箋5枚、この拘置所では同7枚まで一気に発信することができるので、つらつら書いていって、規定枚数分書き貯めたところで獄外のスタッフに送っている。
そういえば前回の原稿を書き送ったのはまだ鹿児島中央署にいる時だったと思う。
すでに伝わっているだろうが、6月26日に、ここ鹿児島拘置支所に移送された。
1.5m×3mくらいの(一番奥のトイレ・スペースを含む)独房に閉じこめられ、留置課の警官と違ってやたらと横柄な刑務官を間近にすると、「そうそう、これこれ!」とテンションが上がる。そうだおれは2年近くこんな所で過酷な運命と闘いながらファシズムというまったく新しい展望を組み立てたのだったと感慨にふける。
もちろんめちゃくちゃ退屈である。監獄というのは、人の人生をひたすら浪費させるための施設なのだから当然だ。
本を読めばいいのだが、拘置所に移された当初というのは、ほとんど何も読めない。警察署段階で差し入れられた本をもちろん全部持ってくるのだが、なぜかいったん施設に全部預け、カラダひとつで独房に入り、その上で翌朝、預けた私物の中から何と何の本を部屋へ入れてくださいと「願箋(がんせん)」に書いて提出しなければならない。 で、しかも知れ葉実際に手元に届けられるのはさらにその翌日だ。私がここへ来たのが火曜日だったから水曜朝に願箋を出して木曜午前中に本が手元に来たが、これが木曜とか金曜だと最悪だ。土・日を挟むとつまりさらに二日ムダに過ごさせられる。
なんで留置場に問題なく差し入れられた本を、そのまま拘置所の独房へ持ち込めないのか?理由なんかあるわけない。単にお役所仕事がおこなわれているだけだ。熊本市議選での刑務所前演説をもう一度、聞き返していただきたい。
ほんとにイヤな国だとここにくれば心の底からかみしめることができる。来てよかった。
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