以前にも少し言及したが、私は獄中で自伝を書いていた。
私の獄中生活の後半3分の1にあたる2003年9月から04年5月までの8ヶ月間は、懲役作業を拒否したための「取調べ」と「懲罰」で丸々費やされた。
その「現物」は、この懲罰期間中に、看守の目を盗んで、隠し持った便箋に隠し持ったシャープペンシルの芯で、やはり隠し持った自作の現代史メモを参照しながら書いたもので、出所後にそれを見せた何人かの友人知人を例外なく絶句させたほどの、見るからに壮絶なシロモノである。
それをテキスト・データ化したものを、これから少しずつここで公開してゆく。
今回公開する冒頭部分(「1.」)は、まあ前口上であり、本題には入っていない。
次回公開分からが本題である「自伝」的記述となるが、実は全体のメインは私の個人的活動史というよりも80年代論90年代論である。私個人の活動の推移についてはこれまでにさんざん書き散らしてきたから、今回またそれを繰り返す必要はなかろう。
私の80年代論90年代論は画期的なものであるが、その部分に入るのは3回目4回目あたりからとなるだろう。期待されたい。
なおネット上でかつての同志等の実名を出すことは今回控える。原文では実名だし、将来これが紙媒体で発表される時には実名に戻すが、今回は仮名とする。
また、これまで「末尾連載」していたやはり獄中で詠んだ短歌は、近いうちにまとめて全部公開することにしたので、そちらも期待されたい。
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1.
私は現在、のちに「マイ・マジェスティ事件」として知られるところとなるであろう、日本国憲法下最大の思想弾圧事件の渦中にあり、福岡刑務所の特別な独房の中でこれを書き始めている。
護憲論者でもない私が、いまあえて「戦後最大の」と云わず「日本国憲法下最大の」としたことには理由がある。それはもちろん、現在はすでに戦時下にあり、一九四五年以来つづいた「戦後」という時代は、とうの昔に終焉しているとの認識による。
私はつまり、戦時下の思想犯として現在ある。そのような立場に置かれた身にいかにも起こりそうなことであるが、私はこの獄中で「ファシズムに転向」した。そして、ファシストが獄中でやることといえば、「自伝の執筆」である。
ヒトラーが獄中で『わが闘争』を著したことはよく知られているし、ファシズムの祖・ムソリーニも、まだファシズムの運動を始めるかなり前のことだが、やはり獄中で自伝を書いている(完成に至ったか否かは知らない)。
そこで私も、彼ら二人の先達を真似て、残り約二ヶ月となったこの長い獄中生活の最後の時間を、新参のファシストらしく自伝執筆に費そうと思い立った次第である。
といっても実は----それこそ自伝本文の中で触れることになるが、私はこれまでに少なく数えても四度、本格的な自伝を執筆し、うち二度は、一般の書店に流通するれっきとした著作物として刊行されている。残り二作も、ミニコミやネット上で発表済である。
しかしこれまでに発表したそれら四つの自伝は----最初の自伝はわずか十八歳の時に完成させたものである。二つ目はその三年後、二十一歳の時のものだ。残り二つはいずれも二十五歳の時に書いた。今、私は三十三歳である。
最初の自伝を書いた時、私はまだマルクス主義者ですらなかった。二度目の自伝を書いた時、私はマルクス主義者をやめたばかりであり、獄中の人となってファシズムを発見するまでの、十年以上に及ぶ、長い能動的ニヒリズム時代と呼ぶべき展望のない試行錯誤の緒についたところであった。二十五歳の時の二つの自伝は、一つは多岐にわたる私の活動分野のうち、音楽に関連することがらを中心に構成したものであり、もう一つは恋愛遍歴に焦点をあてたしかも分量三百枚に及びながら未だ童貞を失うくだりにいたらぬまま筆が先に進まず放り出した未完成作品で、つまりいずれも自伝としては不完全なものであった。
完全な形の自伝を前回書いて以来すでに十二年を経ており、時系列に沿って整理して記録に残しておくべきことがそれだけ新たに発生している。それに、当然のことながら、すでに複数回書いて発表した二十一歳以前の出来事についても、事実自体はもちろん変わるはずはないが、現在の私を形成するに際しての意味づけが、私の中で大きく変化しているものもいろいろとある。特に私の場合、活動家としての出発を最も早くとって十四歳として起算して現在までの十九年間に及ぶ活動歴の中で、まだ思想などと呼べるものを有していない単に反抗的な少年にすぎなかった段階から、一度マルクス主義者となり、のちそれを捨ててニヒリズムの泥沼に足をとられた時期があり、さらに現在では先述のとおりファシズムの立場に身をおくようになっており、つまり十九年間で決定的なものだけ数えても三度の思想転換を経験している。そのため単に齢を重ねたための見方・感じ方の変化という以上の----自分史といえど一個の歴史であることに相違なく、したがってそれを一貫性のある物語として記述するに際してはその基盤となる「史観」のようなものが宿ってくるのだが----自分史に関する歴史学説の根本的な変化に伴う歴史記述の大再編、といった大げさなことがその都度生じることになる。私がこれまで何度も自分史を書き直さねばならぬ破目に陥ったのも、そういう事情による。
しかしそのような、時に自分でもいささか滑稽に思えてくる作業に情熱を傾けることになるのも、おそらく今回が最後だろう。
というのも、これまでに三度経験したような、自分の拠って立つ思想の根本的な転換は、今後もう起こらないだろうと思うからである。
複雑な経緯をへて、私はファシストとなった。
何度もくりかえすように、これは私にとって三度目の「変節」である。そうとすれば多くの人は私が定見がなく変わり身の早いまさに「変節漢」で、過去に三度も転向したんだからこれから先も何度転向するか知れたものではないと考えるに違いない。
しかし、マルクス主義者やニヒリストになることと、ファシストになることとの間には、決定的な落差がある。
それは、現代日本にマルクス主義者やニヒリストは掃いて捨てるほどいるけれども、ファシストは皆無に近いということである。もちろん、「ファシスト」と呼ばれている人は、これまた無数にいるだろう。しかしそれはあくまでも他称、はっきり云えば悪口として「ファシスト呼ばわり」されているだけで、本人がファシストを自認しているわけではあるまい。自他ともに認める右翼はいくらでもいるではないかという人もあろうが、右翼が掲げているのは民族主義や国家主義や、あるいは軍国主義であって、ファシズムを掲げている右翼などまずいないと考えて正解である。そもそもファシズムは、右翼の掲げるそれらの主義とは、似て非なるものであるし、逆に云うと、私はファシストではあるが右翼ではない。しかし、ここではそれ以上この点に踏みこむまい。ファシズムの何たるかについてはおいおい明らかにしていこう。
結論から云えば現在、日本に真にファシストと呼べる人間は私一人であり、しかもその唯一のファシストは今まさに獄中に誕生したばかりであって、ほとんど何ら活動らしい活動をしていない。
私はファシストとなった瞬間に、これまでの思想遍歴が、ひとつの究極的な形に収斂して、まったく新しい未知の領域に足を踏み入れてしまったことをひしひしと感じている。ここから先は、もはや二度と引き返すことのできない絶対的な世界だろうと直観している。
私は、ファシストとして完成した。
私はこの先、終生ファシストであり続けるだろう。
私はファシストとしての最初の活動として、この人生何度目かの自伝を獄中にいる間に書き上げてしまおうと考えている。
私のこれまでの三十三年間の人生は、ファシストになるための、いわば「前史」のようなものだった。今後、私の活動により、ファシストの数は急速に増大するだろう。この自伝は要するに、このたびの日本のファシスト勢力の、最初の一人はどのようにして誕生したのかを明らかにする目的で書かれる。