総統に訊く(1)
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準備号的な扱いではありますが、とりあえずの機関誌創刊、おめでとうございます。 「なんのなんの」 新しい門出にあたって、総統が提唱し、また現実に形あらしめようと努力されてきたファシズム運動のこれまでの推移と今後の展望について、改めておうかがいしたいと思います。 「どうぞよろしく」 さて、総統がそれまでの、ご自分で云うところの「異端的極左」の立場からファシズムに「転向」されたのは2003年のことですよね。 「そうです。私は当時、丸2年におよぶ投獄生活のちょうど中間にいました。前半の1年間、いろいろ考えるうちに異端的極左としてのさらなる運動展開に限界を感じ、そこへファシズムの始祖であるムソリーニの前半生を詳細に描いた評伝に出会い、私自身の軌跡と重ね合わせて深く共感したのです。ムソリーニも元は異端的極左として活動し、その延長線上に、まったく新しいオリジナルの革命思想としてファシズムを構想しています。境遇が非常によく似ていたので、極左思想の延長線上にどうしてファシズムという思想が出てきたのか、その発想というかメカニズムを、私はおそらくその評伝の著者より深く理解してしまったんですね。著者はあくまで、反ファシズムの立場から記述していましたから」 2004年の5月に満期で出所されて、すぐにファシズム運動を開始したんですか? 「もちろんです。とは云っても、まずは入獄前からの友人・知人を訪ねて、ファシズムの魅力と可能性を説いて回るというごくごく素朴な活動ですね」 反応はどうでしたか? 「芳しくありませんでした。外山がまたワケのわからないことを、的な。本誌にも登場してもらっている、在野の右翼思想家である藤村君(座談会参照)ぐらいでしたね、私の構想の細部にまでピンときてくれたのは。もっとも彼としては、私にはずっと左翼の立場を保ち続けてもらいたかったようですが」 そういう、ほとんど理解者を得られないという時期はどれくらい続いたんですか? 「それはもう、東京都知事選に出るまでですよ。それまでの2年間には、藤村君と、それから文芸批評家のスガ秀実さんぐらいですね、私の云うファシズムに意気投合しないまでも理解を示してくれたのは」 都知事選は2007年の春ですが、そんなに状況は変わりましたか? 「ある意味では劇的に変わったとも云えるし、ほとんど変わっていないとも云えます」 とおっしゃいますと? 「知名度は格段に上がりました。顔も含めて一気に知られてますから、もうエロビデオを借りに行くのも恥ずかしいぐらいです。ところが、一般のメディアは私の存在を黙殺し続けています。都知事選の直後には、私は30代の革命家として同枠にいた松本哉や雨宮処凛よりも存在感を増したはずですが、今ではまた逆転されてしまっているでしょう。それはもちろん、私だけが真に危険な存在だからです。例えば松本哉などは一見、危険な存在に見えるかもしれませんが、戦術が派手なだけで、思想的には凡庸な戦後民主主義ですからね。その後に急浮上した“派遣村”の湯浅誠だってそうです。ジャーナリズムを含めた体制側にとって真に危険な、つまり彼らの共有する戦後民主主義的な価値観を逸脱した活動を志向しているのは、私と、あとはせいぜい中途半端ですが私の宿敵である矢部史郎ぐらいでしょう。正直に云って、私はまだ、ジャーナリズムというか論壇というか、そういうシーンの健全さに期待していたところがあります。つまり、もちろんその主流はアテにできませんが、私のような存在に注目する少数のメディア関係者はいるはずだと思っていたんですね」 簡単に云えば、そこそこの規模の、例えば中堅どころの出版社や論壇誌からの仕事の依頼が増えることを期待していたということですか? 「そうです。そういう形で発言の機会を増やすことができると考えて都知事選に出たわけです。ところがこの思惑が完全に外れてしまった。単にヘンな奴が現れたというだけでなしに、その思想背景まで広く世間に伝えることができる展開になれば、ファシズム運動にいよいよ火をつけることができると目論んでいたのに」 知名度を獲得するだけに終わってしまった、と。 「ええ。もちろんネット上では都知事選以来、私の言動に注目する人が格段に増えています。一般のメディアには載らなくても、公式サイトでは私の構想を詳しく説明してありますから、読めば本当に共感する人も出てくる」 塾生も集まったじゃないですか。 「それはそうなんですが、やはり少なすぎますね。どうも、消費者根性が染みついてしまってるんだという気がします。例えば政見放送がYouTubeに流出して話題になった。それでそれを見た人はとても多い。もちろん1人で何回も見た人を含めての数でしょうが、何百万というアクセスを記録しました。ところが同じYouTube内に前もって上げておいた別の動画は、たった数万アクセスですよ。つまりたかだか外山恒一という名前で検索してみるという程度の“主体性”すらないわけです、大多数には。まして実際の運動に参加しようという積極性はほとんど期待できない。ただ“何か面白いこと”を他人がやってくれるのを待っている。福岡でよく交流会をやっていますが、“わざわざ福岡まで行くのは大変なんで、こっちでもやってくださいよ”みたいなことを恥ずかしげもなく云うような連中ばっかりで、ほんとにウンザリしています。みんな消費者なんですよ。2008年の秋に福岡で私塾を始めて、当初5人集まりましたが、半年のカリキュラムの最後まで残ったのはわずか2人です。やっぱり、消費者根性から脱却できない連中が脱落していきました。私に何か期待したってダメなんです。自分が積極的に何かを始めるんだという気持ちがないと、そもそも塾で勉強したって意味ないわけですから。だいたい、私だって期待されても困りますよ。個人技としてやれることは、あの都知事選パフォーマンスが最大でしょう。あれ以上のことは、私にだってもうできません。もっとすごいことをやろうと思ったら、あとは集団でやるしかないんです。つまり現実のファシズム運動を自らも積極的に担おうという気概のある人間が、私以外にも出てこないと、さらなる展開はありえません」 2009年6月現在、どういう状況になっていますか? 「都知事選をきっかけにその直後に九州に移住してきたメンバー、それから私塾のカリキュラムを最後まで消化したメンバー、合わせて数名というところですね。つまりそれだけがコアなメンバーということです。それとは別に、例えば福岡にはフリーターの労働組合運動があり、また維新政党・新風の“20代の会”という運動がある。むろん私のファシズム運動とは別個の運動で、それぞれオーソドックスな左右の思想に立脚したものです。ただその双方と友好的な交流関係を維持して、私たちが企画するイベントで両者が出会い、互いに影響を与え合うような展開には多少期待しています。左翼思想であるアナキズムと右翼思想であるナショナリズムとを、いわば弁証法的に統合したものがファシズムですから。もっとも現段階では、一足飛びにそこまで行くことは難しいし、それぞれがそれぞれに運動を拡大し、発展していけばいいと思っています。まだまだ普通の左翼運動や右翼運動が小さすぎる。異端的な左翼思想であり異端的な右翼思想でもあるファシズムの運動が華々しく登場する、というのはやはりまだちょっと難しいんでしょう。もちろんいくら難しいとはいえ、私はそれを少しずつでも拡大していく努力を続けますが」 具体的にはどのような展開を? 「私の存在というか知名度が、単にネット上だけにとどまっている現状はなんとかしないといけないし、またなんとかする方法はあります。今回は“準備号”的な位置づけでまずはネット上での公開というこの機関誌も、秋には一般的な形態に移行する予定です。つまり紙媒体による思想宣伝ですね。これに力を入れていかなければならない。それは活字メディアへの露出という方向も含めてです。はっきり云って、TSUTAYAレベルの書店にも普通に並ぶような、新書の体裁で『ファシズム入門』を出版することができれば、それだけで状況は一変するんですけれども。あと、4月に出た『at』に続いて、秋に出る『悍』の第3号にも私の文章が掲載される予定です。こういった、一般的にはマイナーだけれども、インテリ層は一定読むことになっているようなタイプの雑誌に、やっと登場することが叶い始めている状況にあります。ぼちぼち変化は出てくるかもしれませんね」 他には? 「さっきも云った、別個に存在している左右の運動ですね。それぞれの中心的なメンバーを1人ずつ呼んで、私の司会でいわば“左右激突”のトーク・イベントをやりたいと考えている。例えば九州大でも西南大、福岡大でもいいけれども、学内のサークル、もしくは変わり者の教授とかですね、そういった学内の協力者を得て、その主催で学内で開催する、と。そうすれば事前に堂々とポスターを貼ったりビラを置いたり、情宣ができます。学生は世間一般よりもネット環境が整った中にいますから、私の存在を知っている率はいくらか高めでしょう。学外でイベントをやってもわざわざ来てくれるような学生はほとんどいないでしょうが、学内に外山恒一が来るというなら興味本位で覗いてみようかという学生は多少いるはずです。つまり私の名前でミーハー層も含めて動員し、エンタテインメント的に“左右激突”のトークを見せる。するとどっちかにまっすぐ共感する学生はきっと出てきます。私としては、どっちが“優勢”となる結果が出ても一向にかまわない」 なるほど。それはきわめて現実的な構想であるような気がします。 「あとはDVDの製作を考えています。つまり例の政見放送はやっぱりインパクトがあるし、強力な武器ではあるんですよ。しかしそれはネット環境がないと見られない。今だに見たことない人がいっぱいいるはずです。だからDVD版を作って、それを大量にバラまく。業者に頼んだって今や1枚数十円で作れますから、なんならポスティングしたっていい。もちろんただ政見放送だけを収録するわけではありませんよ。他のさまざまを含めて私の活動について大ざっぱにまとめた、まあ30分か60分のドキュメンタリー番組のような内容です。ラストに、例えばあなたの行きつけの飲み屋なんかで、このDVDの上映会と私のトーク・イベントを企画してくれるなら、九州内であれば無料で出向きます、というようなメッセージも入れておく。DVDなら貸し借りも簡単ですからね。見て面白いと思った人は、友達にも貸して見せるかもしれない。だからそれなりの水準のものを作らなきゃと思って、準備しているところなんですが」 完成を楽しみにしています。ところでこの機関誌なんですが、秋に本格的に紙媒体として創刊する際、九州内ではほとんどタダみたいな値段で配りながら、九州外から購読するためには月5000円の“準団費”を払わなければいけない、とお聞きしています。 「そのとおりです。要は、単に“応援してます、頑張ってください”的な連中は必要ない、というメッセージですね。支持するというなら具体的に運動に貢献しろと。つまりカラダを出すか、カネを出すかしろと。実際カラダを出せばいいんですよ。“九州に移住するのはちょっと……”とか云う奴が多いんだけれども、そんなに大変なことでしょうか。そもそも今の生活が、それほどしがみつく価値のあるものなのかってことですよ。首都圏なんかにいると、たしかに九州より刺激的なものは多いでしょうが、結局そういったものに消費者として接しているだけでしょう、ほとんどの連中は。自ら何かを担おうと思ったら、東京も福岡も一緒ですよ。しかも九州への移住にはほとんどカネがかからないわけです。片道分の交通費と、あとはせいぜい家財道具の運搬費ぐらいでいいという好条件を私は提示してるんですからね。半年間は食住の面倒を見るし、最後の1ヶ月は塾舎からバイトに通ってもいいと。食住を保障された状態で1ヶ月ぶんのバイト代を丸々充てれば、こっちではアパートを借りられます。これだけの好条件を示されてそれでも来ないというのは、単に覚悟がないというだけのことで、覚悟のない人間は必要ありません。ほんとは機関誌を読ませたくもない。どうしても読みたいのなら、せめてカネの面で貢献せよ、とまあそういうことですね。もちろんそれは九州内であっても基本的には同じです。多少ハードルを下げて、正式の団員ではなくても、例えば交流会なんかに参加して、面と向かって団員から直に受け取る、というなら1部100円ですが、顔も見せずに郵送で受け取りたいという無精者にはやっぱり相応の負担として月5000円を出してもらいます」 そこらへんの頑固な方針は徹底しているわけですね。そもそもその、活動エリアを九州に限るという路線について、改めておおまかに説明していただきたいんですが。 「あちこちで云ったり書いたりしてきたとおりですが、まあこの機関誌準備号で初めて我々を知る人もいるでしょうからね。つまり我々は少数派であるということです。しかも将来的にも決して多数派になる可能性がない。左右の活動家の諸君は、ここらへんの冷静な判断が今だにできていませんね。いつか多数を説得して、象徴的に云えば選挙で過半数を制して、自分たちの理想を実現できると思っている。いや、実際にはそれは無理だと一方で分かっているはずなんですが、そういう民主主義に期待する方向での社会変革しかイメージできないものだから、無理を承知でやっているんでしょう。つまり私に云わせれば、彼らの方がよっぽどニヒリズムに陥っているんですよ。本当に社会を変える気があるなら、少数派が少数派のままで、どうすれば“勝つ”ことができるかを考えなければいけない。しょせん少数である同志を、まずは特定の限られたエリアに集める、というのは私なりのその具体的な戦略の第一歩なんです。我々の今後の活動が実って、仮に1000人のファシストが生まれたとする。1億人の中の1000人ですから、極少数派にすぎません。しかし、その1000人が全国各地にバラバラに存在しているのと、他の地域には1人もいないが九州には1000人のファシスト党が存在する、というのとでは、どちらが強烈なインパクトを社会に与えることになるか、云うまでもありません。先進国の一つということになっている日本国内に1000人のファシスト党が存在して活動しているというのは、国際ニュース級ですよ。そうなると、量的な現実に見合った以上の発言力を獲得することができる。発言力が得られれば、さらなる同志を発掘してますます九州への結集を呼びかけ、それを実現することもできる。むろんその先のビジョンもあるんですが、それは次号以降にでもおいおい話していくことにしましょう」 本日はどうもありがとうございました。 「なんのなんの」 |