前回に引き続き、路上での警察との攻防について書く。
私にとって「街頭ライブ」つまりストリート・ミュージシャンの活動は、少なくともこの10年、完全に「仕事」と化しており、三六五日、二四時間を革命のために使いたい私としては、ただ食っていくための、まったく不本意な時間の浪費だった。
が、警察が弾圧姿勢を強めてくれたおかげで(?)、このところ実に「やりがい」がある。
福岡では「生活費」と大書し、鹿児島に移って以降は「500円ぐらいくれ」と大書した紙をギターケースに貼っていたが、現在では、「道交法違反で逮捕!? 警察のストリート・ミュージシャン弾圧をやめさせる 運動資金」と書き換えた。
そして、私の「職場」である鹿児島市天文館の管轄である鹿児島中央警察署に宛てた、ストリート・ミュージシャンの容認を求める署名用紙と、「警察はストリート・ミュージシャン弾圧をやめろ!」と題したビラを置いている。
そのビラの文面。
※ ※ ※
ここ数ケ月、警察のストリート・ミュージシャンに対する弾圧が、深刻なものとなっています。
私、外山恒一は16年前に福岡市でストリート・ミュージシャン活動を始め、10年前からは時折ここ鹿児島・天文館文化通りでも活動を続けてきました。
福岡では、警察がストリート・ミュージシャンを取り締まる動きなどほとんどありませんでしたし、鹿児島でも、当初はそのようなことはなかったのですが、7、8年前からあちこちに「ギター演奏等禁止」の掲示が目立ちはじめ、4、5年前からは実際に警察がパトロール中にストリート・ミュージシャンを発見すると演奏を中止させはじめました。
それでもこれまではそういう「警告」は多分に事務的なもので、警察に見つかった時だけ演奏を中止する従順な素振りさえ示しておけば、それ以上のオトガメはナシだったのが、ここ数ケ月の間に、状況は急変しています。
私はすでに11月上旬、ストリート・ミュージシャン活動の「常習者」として交番に強制的に連行されました(「任意同行」と云いながら、「じゃあ行かない」と応じると、「じゃあ逮捕する」と云われました。どこが「任意」なのか)。交番では、「始末書を書け」「書かない」という押し問答を1時間ほどやった末に、警察が根負けして私は放免されました。
そして12月中旬、またもや交番に連行されそうになりましたが、その場にたまたま通りかかった数名の市民の粘り強い抗議によって、2度目の連行は危うく免れることができました。
しかしもはや、いつ「逮捕」されてもおかしくない状況です。
ストリート・ミュージシャンの活動は、厳密に云えば確かに道路交通法違反(公道の無許可使用)です。しかし、そんなにメクジラを立てて強権的に弾圧しなければならないほど重大な「犯罪」でしょうか?
私たちストリート・ミュージシャンは、往来を妨害しないよう気を遣っていますし、「騒音」といっても別に閑静な住宅街で活動しているわけではなく、まがりなりにも「県下随一の繁華街」のど真ん中でのことです。
私は、ストリート・ミュージシャンは一つの文化運動として社会に貢献しているとも考えています。これまで全国各地の路上から数え切れないくらいのミュージシャンがデビューし、成功した例も少なくありませんし、また、そこまで行かなくとも、路上でストリート・ミュージシャン同士や、たまたま通りかかった通行人とストリート・ミュージシャンとが意気投合して、さまざまの文化的試みがおこなわれた例を、私は当事者としてたくさん知っています。
ストリート・ミュージシャンと同様「厳密には違法」である、多くの店が店先の公道上に出している看板類を警察がいちいち取り締まらないのは、取り締まることによって生じる地域社会の経済的なマイナスの方が大きいからでしょう。
ストリート・ミュージシャンだって同じです。些細な「違法性」にメクジラを立てて取り締まれば、地域社会にとって文化的にマイナスの結果を生じるのではないでしょうか。
たかがストリート・ミュージシャンの存在さえ認めない不寛容さは、とくに文化的刺激に飢えた若い世代を今以上に県外へと流出させかねません。実際、九州各地から若者が流入してくる福岡などでは、ストリート・ミュージシャンを警察が取り締まったりしていません。ストリート・ミュージシャンだけでなく、絵やアクセサリーや、詩集や自作のTシャツなどを路上で(もちろん無許可で)売る若者も、福岡にはたくさんいます。ジャンルに当てはまらないような変わった大道芸人も時々現れます。しかし鹿児島では、試しに私が夜の天文館アーケードで自作のTシャツ販売をやってみたところ、案の定、警察に中止させられました。
繰り返しになりますが、このような不寛容な体質の街からは、若い人や、自分の才能を世に問うてみたい人など、本来は地域の活性化に必要な人をどんどん他地域へ流出させてしまうのです。
警察は、ストリート・ミュージシャンの存在を容認すべきです。
私の主張に賛同いただける方は、さまざまの方法で、警察にストリート・ミュージシャンの存在を認めさせるための活動にご協力ください。
以下、具体例。
・今回の活動のメインである、署名活動に応じる
・活動資金の提供
・天文館地区の所轄である鹿児島中央警察署への電話・手紙・ファックス・メールなどによる「ストリート・ミュージシャンの存在を認めよ」という要請
・新聞等への投書
・警察がストリート・ミュージシャンを取り締まっている現場に出くわした時に、時間の許すかぎりその場にとどまって抗議する
・万が一、私や、他のストリート・ミュージシャンが逮捕された場合に、即時釈放を求めて留置先に押しかける
その他、何かアイデアがあればどんどんやってください。
また、この活動を運営する側として、活動方針を話し合うミーティングなどに積極的に参加してくださる方も随時募集しています。
外山恒一(ストリート・ミュージシャン)
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この私が「署名運動」だなんて、以前から私の作風をご存じの方は拍子抜けされるかもしれない。しかし私はすでに選挙にも出ている。獄中でファシズムに転向したと同時に、私は合法路線にも転向しているのだ。もっともストリート・ミュージシャンの活動は微妙に「非合法」なのかもしれないが。
街頭で歌っている時にはやはりどうしても「仕事優先」になってしまうので、積極的に署名を呼びかけたりはしていないのだが、とりあえず目立つように置いているだけで、毎日数名が自発的に応じてくれている。
また、4月にやる野外演劇の演出家でもある、行きつけの飲み屋のマスターが、この運動に全面的に協力してくれて、そこの常連客を中心に、路上とは別ルートでも署名は集まっている。
もちろん以前からの知り合いである鹿児島市議の野口どんもいるし、またちょっと前に通りかかって「青春時代」だの「『いちご白書』をもう一度」だのリクエストして何千円かと名刺を置いていったなぜか自民党の若い市議もいる。今日なんか、件の飲み屋の常連客が、なんと鹿児島から出ている自民党の某大物代議士とつながっているらしく、このことを「陳情」してみると云っていたらしい。
結局のところ「ストリート・ミュージシャンくらい自由にやらせればいいじゃん」という単純明快な要求なので、賛同者は多いのだ。それこそ、「右も左も関係ない」。
この運動を機に、これまであまり積極的には関係を作ろうとはしていなかった、地元のストリート・ミュージシャンたちとの交流も加速している。10年以上前に福岡でやったことの二番煎じではあるが、それぞれのオリジナル曲を持ちよって、オムニバスの音源を作り、路上でそれぞれが配布しよう、という活動も提起した。鹿児島のシーンが活性化すれば、一般の支持も拡大し、警察は弾圧しづらくなるだろうという計算もある。私の「オリジナル曲」は、ここ10年ほとんど増えていないのだが。
もっとも、市議だの国会議員だのという前に、鹿児島なんだから、ひとつだけ即解決の反則技がなくもない。あの人が、公の場で「ストリート・ミュージシャンを規制するのは感心しないね」と一言云ってくれればいいのだ。左翼時代ならともかく、とうにファシズムに転向した現在の私としては、もはやかの人を思想的に否定する理由もない。ほんと、「鶴の一声」で警察もおとなしくなると思うんだけどなあ。なんとかしてくれないだろうか、長渕さん。
末尾連載 連作獄中短歌「百回休み」16
※今朝読んだ三面記事にでかでかと報じられてた人と談笑
コメント (1)
本の整理をしてたら、「さよなら、ブルーハーツ」が出てきて再読しました。外山さんの友人のその後に興味が湧きました。福田和也に私も強く影響を受け、論理で割り切れない所に自分を追い込んで行く以外に生きてる楽しさがない事を自覚しました。外山さんは議員の資質があります。自民党の杉本某などより深く徹底した経験してきてますよね。ファシストの理屈より不正に対する鋭敏さを信用してます。時代も変わってきて、風吹いてます。幸運を祈ります。
投稿者: H.A | 2005年12月25日 01:11
日時: 2005年12月25日 01:11