新著『全共闘以後』の回収騒ぎ

2018年12月 熊本の劇団「転回社」の機関紙に寄稿

 9月半ばに満を持して刊行した大著『全共闘以後』は、その後なんと2週間ほどで絶版・回収という予想外の事態となった。ある筋からの抗議によって版元がパニックに陥ったというのが真の理由なのだが、表向きは誤字脱字や事実誤認が多いことが理由とされた。著者を悪者にして問題解決を図るというのは出版社のモラルとしてどうなんだと私はハラワタ煮えくり返っている。
 一応は12月半ばに“改訂版”という形で再刊されたのだが、各方面でせっかく大いに話題になりかけてたのが回収騒ぎでいったん沈静化してしまい、つまり勢いを止められてしまったわけで、3ヶ月を経ての改訂版がどれほど売れるのか、私はとっても不安である(後註.結局あんまり売れてない)。

 当初のバージョンに誤字や事実誤認が多かったというのはたしかにその通りだ。
 誤字の類については、そもそも私はそんなものはほとんどないだろうと自信を持っており、見つけられるもんなら見つけてみろぐらいの気持ちで、読者にその“摘発”をツイッターなどで呼びかけていた。そしたら次々と来るわ来るわ、「数周遅れ」が「数週遅れ」となっていたり、「イラク」であるべきところが「イラン」となっていたり……。あれだけ入念にチェックしたはずなのに、と私はすっかりヘコんでしまった。もっとも、600ページ超の大著である。そのテの単純な誤記が全部で数ヶ所というのは、実はけっこう優秀だったりする。
 問題は事実誤認のほうである。これについては、多少はあるだろうと思っていた。
 一般に、60年代末に学生運動のピークがあったとされており(全共闘運動)、今回の本はタイトルどおり、ではその後それらはどうなったのかというのがテーマである。なにしろ資料がほとんど残っていない。全国各地に体験者を訪ねてインタビューを敢行し、主にはそれらに基づいて書いた本だ。私が話を聞くことができたのは、70年代以降の運動経験者たちのごくごく一部であり、彼らの記憶違いもあるだろうし、大枠の部分では間違ってはいないだろうという自信はあったが、細部については事実誤認も多少はあるだろうことは予測できた。
 で、いざ刊行してみると、私が話を聞きに行っていない当事者たちから、案の定そうした指摘が次々と寄せられることになった。これは仕方のないことで、とにかく誰かがいったん形にして広く提示してみて初めて“ここが違う”という指摘の形で情報が寄せられる、という以外にどうしようもない分野なのである。前述のとおり文字資料がほとんど残っておらず、したがってそのテの誤りは自力では見つけようがなく、当事者に指摘してもらうしかないのだ。
 そこそこ重大な事実誤認も数ヶ所あった。例えば、私がA氏の言動として書いたものが、実際にはそうではなく、A氏をリーダーとする数名のグループの別のメンバーによる言動だという指摘があった。また、あるグループに同じ苗字のメンバーがおり、私はその2人をてっきり同一人物だと勘違いして記述していたという箇所もある。私にとっては痛恨のミスではあるが、ただしそれらとて、間違いの影響はその記述が含まれる1段落(数行)の内部に及ぶ程度で、前後の文脈にまではまったく影響しない。
 他は、B氏がC氏に「呼び出されて」告げられたと書いていたのが、実際は「電話で」告げられたのだったり、一般にはほとんど知られていない某バンドの「ボーカリスト」として言及した人が実際は「ギタリスト」だったり、ほんの1行だけ登場する人物の出身大学名を間違えていたりといった程度の、もちろん指摘してもらえるのは心からありがたいのだが、どーでもいいと云えばどーでもいいレベルの、まさに“些細な”ミスばかりである。

 誤字の類にせよ事実誤認の類にせよ、私は指摘が寄せられるたびに、自分のブログ内に専用のコーナーを設けて、“訂正表”の形で反映させていった。増刷などで機会があれば訂正するとして、誤りを含む版をすでに購入してしまった読者のための“アフター・サービス”のつもりである。ほんとにどーでもいいレベルの指摘であっても、間違いっちゃあ間違いではあるのだから、律儀にいちいち拾って反映させていたら、あっというまに数十ヶ所もの“訂正”一覧になった。そこに、ある筋からの抗議によってパニックに陥っていた版元が目をつけて、絶版・回収の絶好の口実として利用したのである。著者としての私なりの責任感に基づいて、読者のために良かれと思ってやっていたことがヤブヘビを招いてしまった形だ。
 釈然としないこと山のごとしだが、そしてせっかく売れかけていたのに今回もまた不発に終わるのかと思うと腹立たしいこと風のごとしだが、さらに云えば“これだから外山恒一に関わるとロクなことがない”と他の版元にますます悪印象を与えてしまいかねない対応だという点でも許しがたいこと火だか林のごとしだが、誤りの少ないバージョンをこんなに早く刊行できたことそれ自体は良いことでもある。
 “若者たちは一貫して政治的・社会的なことには無関心だったと見なされている最近50年間の、しかし実はそれなりの質と量を伴いながら持続していた若者たちのさまざまな運動の歴史”という、他に類書のない画期的な著作の資料的価値はますます高まったとは云える。

 ……と無理矢理に自分を納得させようとしているそばから、今度はD氏から、「オレのことを“左翼体験を持っておらず外野から左翼を批判した批評家”だと書いているが、オレは一応、大学時代に1年半ほど左翼党派のメンバーとして活動していたぞ」と苦言を呈される始末である。

 後註.「ある筋」というのは某NPO団体とかではなく、すでにヘサヨ化していると見なす他ない「秋の嵐」残党・主流派である。具体的には云いがかりのような屁理屈が並べられていただけだった(としか私には思えなかった)が、結局のところ彼らの“反右翼”のスタンスからは、“ファシスト”なんぞに活動史をまとめられてしまうことが腹立たしかったのだと理解している。抗議文が届くや、版元は著者の云いぶんも聞かず、回収を決めて担当編集者氏に一方的に通告。実は、その抗議文の名義人本人であった鹿島拾市=加藤直樹とは、私はこの前後の時期に並行して直接やりとりしており、鹿島は“回収”騒ぎにまで発展したことにむしろ困惑していた。なお、もともと社内で孤立していたらしい担当編集者氏はのちまもなく退社。