外山 ……98年に4号が出て、ここでいったん終わるわけですね。
前原 マー坊さん(神谷氏)が編集長だったのが3号までで、この後すぐ彼は東京に行ったんですよ。
外山 神谷さんは、バンドをやってたんだって?
前原 「マニア・マニア」っていうバンド。もともとマー坊さんは、『サルママ』より前に、東京でメジャー・デビューしてたんですよ。
外山 メジャー・デビュー!?
前原 その時は「ウルトラブレイカー」というバンドで(調べてみると、76〜86年にヤマハが主催していたコンテスト「EastWest」で、84年に「グランプリ」を獲得している。歴代のグランプリや入賞者には、カシオペア、サザンオールスターズ、シャネルズ、子供ばんど、アナーキー、スーパースランプと爆風銃つまり爆風スランプ、SHOW-YAなど、錚々たる顔ぶれ)、メジャー・デビューしてからは、宮崎のローカル番組の主題歌なんかもやってたみたい。
外山 神谷さんって実は、ヒトカドの……(笑)。
前原 結構な方なんですよ(笑)。で、やがて宮崎に戻ってきて、何かしようってことで始めたのが『サルママ』ですね。
外山 で、宮崎で3、4年『サルママ』をやって、また東京へ、というのもやっぱり音楽がらみで……。
前原 そうです。
外山 4号の時にはもう神谷さんは宮崎にいないんですね?
前原 いません。
前田 4号を作り始めたあたりで宮崎を離れた。
外山 このストロボマンボって店はいつからですか?
前田 いつからだっけ?
神谷 5年前。
外山 じゃあ、2010年?
神谷 うん。
前田 で、ココは“第2次ストロボマンボ”なんです。
外山 “第1次”があるんだ。
前田 『サルママ』を作り始める前。
外山 その時も“店”をやってたんですか?
前田 やっぱりこんな感じのバーですね。いつからいつまでだっけ?
前原 東京に行ってロンドンに行って……ロンドンに行く前ですかね?
外山 どれくらい続いたんですか?
前田 2、3年じゃないかな。結構経営が大変だったみたいで、胃潰瘍になったりしてたね。
外山 えーと、順番としては……つまり『サルママ』を創刊した時点では、“第1次”のストロボマンボはすでにあったということですか?
前田 いや、ないです。その前。
外山 ん? 創刊号が94年で、その当時は神谷さんは宮崎に戻ってきたばかりで、っていう話じゃありませんでしたっけ?
前田 宮崎に戻ってすぐストロボマンボを始めて、何年かやって店をたたんで、ウチの焼き鳥屋でバイトするようになって、『サルママ』はそれからです。
外山 つまり東京からまずロンドンに行って、それから宮崎に帰ってきて、そこから『サルママ』まで何年かあるんだ。
前田 あれ? マー坊、どげんやったっけ? ストロボマンボは、ロンドンから帰ったきて始めたんやっけ?
神谷 いや、ロンドンに行く前だよ。
外山 えーと……(笑)。東京から帰ってきてストロボマンボを始めて……。
神谷 7千円で始めたんだ。
外山 何が“7千円”なんですか?
神谷 店の内装(笑)。
外山 で、それがいつ頃の話なんですか?
神谷 28歳の時だから……91年か92年だね。
外山 ってことは、『サルママ』創刊号が94年だから、“第1次ストロボマンボ”は1年かそこらなのかな? で、店をたたんでロンドンに……。
神谷 向こうでもミュージシャンたちと交流して、彼らは自分たちの手でいろんなことをやってたから、そういうDIY的な精神で、宮崎でもいろんなことができるんじゃないかと思って、帰ってきてから実際いろいろやり始めたんだよ。
外山 今、まず『サルママ』創刊に至る“成立史”を訊いてて……。
神谷 宮崎に戻った当初は、宮崎のいろんな文化人たちとコンタクトを取って訪ねたりしてたんだけど、失望してね(笑)。もう誰でもいいや、って云ったら失礼だけど、自分の周りの身近な友達を集めて『サルママ』を始めた。やがて、当時は高校生だった前原なんかとも知り合って。
外山 しかしこの5号は……明らかに採算度外視ですよね(B5版124ページで、カラーページも多く、しかもCDつきで5百円)。
前田 そうですねえ……。
前原 原価が470円です(笑)。千部作ったんだけど、全部売れてもアガリは3万円しかない。内容もキチガイだし、値段もキチガイでいこうって(笑)。
外山 記事を作るためにあちこち行ったり、飲んだりしてるんだから、それを入れたら完全に赤字でしょう。鹿児島の反原発デモにも取材に来てたよね。
前原 やりたいことをやっただけですし。
外山 CDまで付いてるんだもん。
前田 よくぞ定価を超えなかったもんだよ。
外山 あ、CDも含めて原価は1冊470円なんだ。
前原 そうです。
神谷 東京のタコシェ(中野ブロードウェイにあるサブカル系のミニコミ書店。松沢呉一らがマンガ誌『ガロ』の“アンテナショップ”として始めた、いわば“サブカルの殿堂”のようなスポット)でも取り扱ってくれて…。
前田 今日、ウチの店に『ELLE』のライターの人が取材にきてくれたんですけど、この人とは話が合いそうだなと思って『サルママ』を見せたら、「すごいですね、何ですかコレは!?」ってビックリしてた。
外山 いや、コレはほんとに、全国どこに出しても恥ずかしくないレベルですよ。
前田 3日ぐらい前にも、大阪から宮崎に戻ってきた人と知り合って一緒に飲みに行って、やっぱり以前は大手出版社にいたという人で、その人もキョーガクしてましたよ(笑)。とにかく情熱がすごい、宮崎すごいって(笑)。だけど一番最初に絶賛してくれたのは外山さんですもんね。
外山 だって“宮崎の総力が結集”されてるじゃないですか(笑)。誰が見ても「すげえ!」って思いますよ、コレは。……よくいるんですよ。地方に行くと、「このへんは保守的で、文化的なものなんか何にもないんです」とか云う人が非常に多い。でもそれはそいつにやる気がないだけだと思うんです。地方だって、やろうと思えばいろいろやれる。そのことを証明してますよ、『サルママ』は。
前田 宮崎も保守的だし、むしろ宮崎の人が一番そういうことを云いそうですけどね(笑)。だけどその大阪から戻ってきたって人も、「あ、外山さんも書いてる。三宅(洋平)さんのインタビューも載ってる」ってビックリしてたし、ちゃんとアンテナを持ってる人は宮崎にだっている。
外山 地方にも実はいろんな人がいるはずなんです。そういう人たちを地道に発掘して、つなげていけばそれなりのことができる。『サルママ』はそれをちゃんとやってて、素晴らしいですよ。
前原 今回はカラーのページと、1色のページ、2色のページがゴチャゴチャ混ぜてありますけど、それだと印刷屋で製本までしてもらえないって発行予定日の直前に知って、しょうがないから、みんなで手でやりましたからね(笑)。
外山 へー。
前原 全ページを手作業で並べて、その上で製本所に持って行った。124ページを千部、手で丁合(笑)。
前田 みんなで手分けして、ね。
前原 それが一番大変でした。だけどそれをやったおかげで、熱量というか、“魂が入った”気もします。
外山 いやー、とにかくコレはすごいですよ。
外山 ……ところでさっきから同席してくれてる、そちらの“絵師”の方は?
前田 『サルママ』を続けることになって、とにかく10代の新しい奴を見つけてこい、ってマー坊からさんざん云われて、それで宮崎でやってる写真展とか、美術展とか、あちこち足を運んだ。
外山 若い才能を求めて……。
前田 だけどなかなかいないんですよ。みんな平凡だな、と思って毎回ムダ足だったんですけど、ある時「ひまわり画廊」ってとこに、ぼくも自分で絵を描くもんだから画材を買いに行ったら、たまたま「北高卒業展」ってのをその2階でやってたんです。あんまり期待せずに、一応チェックしとこうかと2階に上がってみたら、大半はフツーなんだけど、とんでもないのが3つもあって、「何だこりゃ!?」って。「来たーっ!」と思った(笑)。
外山 ついに宮崎に新星現る、と。
前田 「コレは誰が描いたの?」って訊いたら、「ぼくです」「ぼくです」って3人が云うから、もうドキドキしてきて、いったん興奮を鎮めるためにタバコを吸いに出て(笑)、また戻ってきて、ちょうど自分の書きかけの原稿があったから、「宮崎で雑誌を作ろうと思ってこういうのを書いてるんだけど、ちょっと読んでみてよ」って渡して、「お店もやってるから、よかったら後で来てよ」って。そしたら実際、学生服のまま来てくれた。
外山 それが何月ぐらいですか?
前田 2号を作るために動いてたわけだから、96年とかかな。
外山 えーと……途中から何か話が噛み合ってない気がしてたんですが、それはこっちのシマコさんではなく、前原君との出会いの話ですね(笑)。
前田 ん? あ、そうそう(笑)。
前原 ぼくらが美術部展にいたのはその日だけで、あとは期間中もほとんど会場には顔を出してなかったんです。だけどべつに忙しいわけではなく、むしろ毎日ヒマだったんで、たまには会場にも行ってみるかと思ってたまたま行った日に、龍好さんが来た。
外山 で、シマコさんは?(笑)
前田 今回もやっぱりマー坊の「若い奴を探せ」という指令があって、誰かいないかとあちこち探してたら、「ヤバいのがいますよ」と云われて、この子が出てきた。
外山 どこで発掘したんですか?
前田 「クアンタム」って喫茶店があって、マスターが「ヤバいのがいますよ」って云うから、「一体どんな奴なの?」って訊いたら動画を見せてくれた。見たら、高校生でもないのにセーラー服を着て、ずっとタバコを吸ってる動画なんですよ(笑)。何じゃ、この女は!? って感じの強烈な動画でしたね。マスターが云うには、まだ19歳だってことで……。
外山 ん? ……違法じゃないですか、タバコは(笑)。
前田 で、紹介してもらった。
前原 「ヴィレッジ・ヴァンガード」で働いてるんですけど、今回5号にも載せてるような絵を、店のポップの裏とかに描いてて……。
シマコ でも怒られたよ、これ。店長とかに。
前原 なんで?
シマコ 勤務時間中に描いたから。
外山 マジメに働け、と。そりゃそうだ(笑)。
前原 とにかく、そういう絵を見せてもらって、「たしかにヤバい」と(笑)。
外山 シマコさんは、さすがにもう90年代生まれだよね?
シマコ 94年生まれ。
前原 『サルママ』1号が出た年ですね。
外山 あ、そうか。『サルママ』と共に生きてきたわけだ(笑)。
前田 申し子ですよ。
外山 いやー、宮崎はアツいっすね。