『人民の敵』第2号(2014.11.1発行)


コンテンツ1
〈対談〉with 亀井純太郎
〈正規版“購読”検討用・抜粋〉


外山 そもそも亀井君はなにゆえ“URCレコード”なんかにハマる青春を送ったのか(笑)、今日はそこらへんを追及したい。当然そんな世代じゃないでしょ。何年生まれだっけ?
亀井 77年です。単純に親がそういうののファンだったというだけですよ。
外山 “二世ファン”なんだ(笑)。
亀井 親とか、親戚のオジさんとか。
外山 それは“拓郎・陽水”とかじゃなく、もっとアングラなフォークを?
亀井 オジさんは拓郎が好きなんじゃないかなあ。そもそもイトコが字もまったく同じ「拓郎」って名前だし(笑)。父は49年生まれで、URCとか熱心に聴いてたみたいなんだけど、一時期ちょっと離れてたのが、また“ぶり返し”でよく聴くようになったって云ってた。ちょうどその“ぶり返し”が、ぼくの生まれた頃に始まったらしくて、ぼくも連れられて幼少期に岡林信康のライブとか何回も行ってるんですよ。覚えてないけどムーンライダースもその時に観てるはずなんです。
外山 岡林のバックで演ってたんだ。
亀井 ええ。その時期に行ってる。
外山 そういう“英才教育”を……。
亀井 小5か小6あたりで“自我の芽生え”があって、それまで意味も分からずに親に連れられて聴いてただけの岡林の歌詞が、ガーッと染み込み始めた。育ったのは八女(福岡県南部)の田舎だし、そういう保守的な土地で「おれはおまえらとは違うんだ」って気分に取り憑かれて、「おれは共産主義者だ!」って(笑)。
外山 え!? 小学生段階で「共産主義者」って自己規定したの?
亀井 本屋に『共産党宣言』が置いてあったんですよ、二百円ぐらいで。もちろん読んでも意味は分からないですよ。
外山 内容より“『共産党宣言』とか読んでるオレ”に自己陶酔してる感じ?
亀井 自称“共産主義者”(笑)。ちょうどその小5、小6の頃にベルリンの壁が崩壊するんですが、もともと“悪役好き”なところがあって、共産主義が悪役になってたもんだから、「いや、ソ連にだって“いいところ”はあるはずだ」と。田舎はヤンキー天国なんで、「クラスの旗を作ろう」ってことになるとヤンキーたちがユニオン・ジャックとか星条旗とかを描くんですよ。そういう時におれは「これどう?」って真っ赤な旗を……(笑)。カマトン(鎌とトンカチ)はマズいかなって、黄色いとこは鉛筆とコンパスとかに換えて。それでも先生に渋い顔された。
外山 まだグレてヤンキーになってもらった方が安心だ(笑)。
亀井 そういう過程があったからか、結局クラス一人一人じゃなくて班ごとに旗の図案を考えろってことになったんです。一緒の班の奴が「自由・平等・博愛でフランス国旗をモチーフに」とか云い出すから、「それでいいから赤い部分に小さく黄色い絵を」って入れて提出したらまた先生に怒られて(笑)。
外山 それも小学生の時?
亀井 それはもう中学生です。とにかく小学生の頃から……。
外山 ちびっこ共産主義者(笑)。
亀井 ええ。もちろん内実は単なる社民ですけどね。「憲法9条があるんだから自衛隊は廃止しよう」とか「差別のない、天皇制のない社会を」とか云ってて、先生が「おれの教育がおかしいんだろうか」と悩んでた(笑)。
外山 先生は悪くない(笑)。
亀井 悪くないです。
外山 岡林が悪い(笑)。


外山 高校時代って何年から何年まで?
亀井 93、94、95年です。
外山 ミスチル全盛期だよね。
亀井 ブレイクした頃じゃないですか。「クロスロード」とか。
外山 「イノセント・ワールド」がそこらじゅうでかかってた。
亀井 おれは全然受けつけなかったけど。
外山 周りは聴いてたでしょ?
亀井 1人いましたね、熱狂的なファンが。
外山 当時はミスチル、スピッツ、イエモン(イエローモンキー)じゃない?
亀井 大学に入った頃はそうでした。おれは全然聴いてないけど。
外山 同時代のヒット曲に背を向けて……。オザケン(小沢健二)は?
亀井 オザケンは大好き。そもそもURCとか以外のものにも目を向け始めたきっかけがオザケンで、受験勉強しながらラジオ聴いてたら「今夜はブギーバック」が流れたんですよ。これは買わねばと思って、初めて自分のお金で買ったのがそれだし。
外山 初めて買ったCDがオザケンとか、典型的なプチブル・サブカル野郎じゃないか(笑)。石田みやには聞かせられない話だ。(石田みや……亀井主宰の「劇団第七インターチェンジ」の女優で2013年、14年には「劇団どくんご」のツアーに参加。亀井に「プチブル個人主義」を常日頃から批判されているという)


外山 熊本大学に入る時って、以前にも聞いたような気がするけど、学生運動がまだ残ってることを期待してたんだよね。
亀井 ええ。だけど最初は熊大に行く気は全然なかったんです。田舎の福岡県民だから、とにかく福岡市内に出たかった。しかも西南大には受かってたから、西南に行く気満々でしたよ。九大は落ちたんですが、まだ熊大も受けられるってことで。熊大向けの受験勉強は全然してなかったけど、センター試験の配分もおれが受ける学科はおれに有利な感じになってて、受けさえすれば通るのは分かってた。親もおれは熊大には行かないだろうと思ってたはずだけど、なぜか父親に連れられて受けに来たんですよ。でも実際に受かっちゃうと、親も高校の先生も総がかりで熊大に行けって説得してきた。すでに西南に70万近く払い込んでたはずなんですけど、それでも熊大に行けって云うから仕方なく。でも入ってみたら戦旗派のビラとか貼ってあったから、あれ? これはちょっと面白いかもと思ってワクワクしたんだけど……。
外山 “遺跡”だった(笑)。
亀井 それもすぐには分からないんですよ。こっちも警戒して、「ああいうビラとか貼ってありますけど……」って先輩に訊くんですけど、「ああ、あれはもうないから安心していいよ」と云われて(笑)。
外山 むしろ期待して訊いてるのに(笑)。
亀井 ガッカリですよ。
外山 96年入学ってことになるんだっけ?
亀井 そうです。ただ若干まだ学生運動の痕跡はあったんですよ。例の、鹿児島大からやってきた革マル派に破壊された……。
外山 戦旗派のサークルボックスね。
亀井 窓が割られたままの「部落解放研究会」のボックス。


外山 「第七インター」を結成した時はまだ熊大生なの?
亀井 そうです。演劇部を追い出されちゃったし、仕方なく(笑)。
外山 あ、クーデタで。
亀井 それでもこっちが“正統派”だと。
外山 そういうボルシェビキ的な(笑)。
亀井 そういう案もあったんです。「熊大演劇部多数派」って名前にしようとか(笑)。「多数派」とか「主流派」とか云ってたけど、さすがにそれを劇団名にするのは恥ずかしいってことで(笑)。
外山 「演劇部中核派」とか、「演劇部革命的演劇部派」とか(笑)。
亀井 ただ永続的にやるつもりはなかったんです。とりあえず翌年も大学には残るだろうとは思ってたから、その最後の1、2年を乗り切るための劇団。
外山 「第七インター」も熊大の中の劇団?
亀井 最初はおれと一緒に熊大演劇部を抜けた、おれの同世代ぐらいのメンバーで結成したんで、実際に熊大生の劇団ではあったんですけど、なんかドサクサで公認が下りちゃったんですよね。部室ももらえた。なんでそうなったのか、今だによく分からないんですけど。
外山 サークルボックスも持ってたんだ。
亀井 たぶん今もありますよ。現役の熊大生がいなくなったから、演劇部の後輩に「うまいこと維持しといてね」って渡しちゃいましたけど。とにかく新しい演劇サークルを作っても、集まれる場所がないと大変だし、今さら演劇部に頭を下げて使わせてもらうのもイヤだし、ダメモトで公認申請したら通っちゃったんですよね。
外山 ぼくが獄中でファシズム転向して出所したのが04年だけど、書き言葉には自信があっても喋り言葉には自信がなかったんで、喋りを鍛えなきゃと獄中にいる頃から思ってて、出所したらどこかの劇団に入って訓練しようと決めてたんだ。で、出所後1年ぐらいは熊本の知人の家に身を寄せてたから、熊本の「イエロー」って劇団に偽名で参加したんだよ。実名だと検索されたら刑務所帰りだってこともバレちゃうからさ(笑)。結局そこで学んだことはほとんどないけど、「イエロー」も熊大の学生会館で稽古してたよ。
亀井 あそこも代表が熊大出身ですからね。非公認サークルでも熊大生なら学生会館はたぶん借りることができるんですよ。
外山 たしか「イエロー」にも現役の熊大生がいたから。
亀井 だけどサークルボックスは公認サークルしか持てない。本来は非公認サークルとして2、3年は活動実績がないと公認はもらえないはずなんだけど、どういうわけか公認されちゃった。
外山 今でも公認サークルなの?
亀井 たぶん単に“部員のいないサークル”として、形式的には残ってるんじゃないですかね。
外山 現時点では「第七インター」には現役の熊大生はいないってことだけど、つい最近までいたよね?
亀井 ほんとについ最近まで。再来年ぐらいにまた1人送り込めないかと思ってるんだけど。
外山 それは高校生をオルグして?
亀井 高校生の劇団員はいるんですよ。1人は今年、熊本の大学に入ったんですけど、熊大じゃないんで、もう1人の高校生を再来年あたり……。
外山 完全に新左翼党派の手口(笑)。
亀井 それはもちろん拠点の維持をしなきゃいけないから。
外山 大学に拠点があるといろいろメリットがあるというのは、政治党派も劇団も一緒だよね。


外山 ところで本公演は最近やってないよね。企画モノ的な公演はかなりやってるけど、亀井君の作・演出みたいなのは『デルクイ02』に戯曲を載せた……。
亀井 「少女小説」。
外山 うん。あれ以来やってないの?
亀井 ええ。台本もあれ以来ちゃんと書いてなくて……。もう2年も経っちゃってますけど。大学生相手のワークショップ用に昨年書いた6分ぐらいのやつが、この2年間の唯一の完成台本で。
外山 ぼくがブログや『デルクイ』に書いた「13」と「少女小説」の“解釈”はそんなに間違ってないよね?
亀井 いやもう、まったくあの通りですよ(笑)。あそこまで見抜かれたら何も云うことありません。
外山 結構分かりやすいと思うんだけど、意外と他の観客はそこらへんに気づいてないよね。「少女小説」には3人連れて行ったけど、ぼくが連れてった人たちですら“福島”のことは誰も想起してなかったからなあ(笑)。
亀井 解釈の幅はあるでしょうからね。書いてる側としても、最初からそのつもりで書いてると云うより、テキトーに断片をたくさん書いて、こことここはつなげられるぞって作り方をしてるから……。最終的になんとなく、まあストーリーってほどのストーリーはないですけど、ストーリーめいたものになる。
外山 ストーリーというより“設定”だよね。
亀井 そうですね。逆に設定だけ思いついたら満足しちゃう(笑)。
外山 設定の部分にのみ亀井君の社会的な問題意識が反映されていて、あとはその設定の中でとくにメッセージ性のないドタバタが繰り広げられるっていう。
亀井 “不条理劇”みたいなものが、もともとすごく好きなんです。


亀井 本多さんがいいこと云ってて……。
外山 ん? 本多って、勝一?
亀井 本多勝一にはもう「さん」付けしないで“ホンカツ”って云いますよ(笑)。本多延嘉(75年に革マル派に殺害された中核派指導者)です。そっちの本多さんが云ってたんですが、「指導者は立派だが下部の者はダメだ、というのでは革命の組織は成り立たない。指導者はダメだが下の者が立派だからあの組織は保ってるんだ、と云われるようでなければいけない。そしてそうなっている時にはその指導者も実は良い指導者なんだ」って。この言葉におれは何回も膝を打ちましたよ。
外山 そういうのを目指したいもんだね。そう云えば最近ツイッターでそれに近いこと云われたよ。誰だか知らないけど、「外山ってのはダメだ。弟子の山本桜子や東野大地の方がよっぽど素晴らしい活動家だ」って書いてる人がいて、ニンマリした(笑)。
亀井 やっぱりそうじゃないと。だって劇団なんていう経済的合理性のまったくない集団を維持していく時に、会社経営の本とか読んだって何の参考にもならないんです。そんなのよりよっぽど本多さんの“前衛党組織論”とか読んだ方がいい(笑)。百倍役に立ちますよ。左翼に対する幻想はもうだいぶ早い段階で消えてるんですけど。
外山 幻想を捨てたのはいつ頃なの?
亀井 大学に入ってぐらいじゃないですかね。だって『中核vs革マル』を読めば幻想も吹っ飛びますよ(笑)。今でも初めて読んだ時のことは強烈に覚えてます。なんか冒頭で、工業用ハンマーで……。
外山 ドスン、ドスンと……。
亀井 “我が部隊は悠々と撤退を完了したのであった”とか云われても。えーっ!? って(笑)。
外山 これが革命か、と(笑)。
亀井 やっぱり自称“共産主義者”だっただけで内実は一般市民だから、生理的嫌悪感の方が先に立ちますよ。それでもまあ、何回も読んでると……。
外山 何回も読んじゃうよね(笑)。


外山 ところで「第七インターチェンジ」って劇団名はどうしてそうなったんですか?
亀井 いやもう想像どおりの(笑)。
外山 当然「第四インター」(トロツキズムの国際組織)をふまえて……。
亀井 そうです。それに中核派や革マル派をモジるとちょっと怖いし(笑)。
外山 日本の第四インター派はほぼ壊滅状態だもんね。
亀井 一応おれも“国際派”だってことも表現しときたい。「第七インターチェンジ」だけど、「第七インター」って略称されるだろうことは容易に予想できますから。
外山 そういうバランスが非常にいいよね。ぼくも初めて「第七インター」なる劇団の亀井君なる人物と会うことになった時に、どうも濃厚にそういう匂いがするけど「いやいや、ただの偶然である可能性の方が高いし、過剰に期待しちゃいかん」って自分を戒めたもん(笑)。
亀井 奇数の方がいいという気はしたんですよ。「第二」は社民だし、「第四」はむしろ新左翼的価値観では受け入れやすすぎるけど、「第一」はすぐ崩壊しちゃった伝説的なものだし、「第三」は……。
外山 スターリンだし(笑)。
亀井 インパクト的には奇数の方がいい。かといって「第五」じゃ近すぎるし、おれが知らないだけですでにあるかもしれないし(笑)、もうちょっと間をおきたいと。“百年後”にあるかもしれない感じで……。
外山 あ、“未来インター”的な意味合いなんだ。
亀井 うん、未来の……。
外山 そのような祈念がこめられてる(笑)。
亀井 とはいえインター“ナショナル”だとあんまりベタだから。
外山 ちょっとズラした。
亀井 そうですね。ピンとくる人だけピンとくるような名前を。
外山 ピンとくる人はぼく以外にもいたの?
亀井 そもそもウチに結集してる劇団員ですらよく分かってなかったりしますからね(笑)。新人に『中核vs革マル』を読ませてるんですけど……。
外山 そんな劇団、他に聞いたことないよ(笑)。
亀井 必須の知識じゃないですか。それぐらい知らずに何ができると思ってんだと(笑)。
外山 いやもうまったくそのとおり。


亀井 『ゴーマニズム』は、1回の連載が8ページになった瞬間に、面白い面白くないで云えばつまらなくなったとは感じてました。単行本で2巻目に入ったあたりかな。
外山 話題になればなるほどつまらなくなっていったよね。ぼくは当時ちょうど「中森文化新聞」で『SPA!』によく出てた時期だから、連載が始まった時点からずっと読んでたけど。
亀井 見開き2ページの時は面白かったんですけどね。
外山 その時期の“西部批判”に関してはそんなに腹は立たなかったんだ。ぼくは西部邁支持だったし、小林よしのりは分かってないと思ってたけど、分かってないなりの、要するに“大衆の素朴な実感”からする西部みたいな“知識人”への反感を面白おかしく、うまいこと表現してて、それはそれで仕方ないことだし、別にいいんじゃないかと思ってた。
亀井 2ページしかない段階では、話題を提起したかと思ったらいきなり結論になってたでしょ。
外山 “ゴーマンかましてよかですか?”って(笑)。
亀井 ところが8ページになると“起承転結”というか、テーマについてあれこれ論じる過程がどうしても入ってくる。もともと“結論”が面白かったわけではなくて、そこに至る飛躍っぷりがリズム的に面白かったんだから……。きちんと議論を展開されちゃうと、むしろ底の浅さが露呈してくる感じで、なんか面白くないなとは感じてた。
外山 しょせん“床屋政談”だからね。ただその後“右傾化”を経て、2000年に入る前後ぐらいから、小林よしのりは、云ってる内容はかなりマトモになってきたんですよ。もちろん“右翼反体制”としての“マトモ”ね。“右傾化”し始めた当初は最近のネトウヨより少しマシな程度の支離滅裂なものだったけど、さすがに何年もやってる間にそれなりに“お勉強”されたんでしょう。ただマンガとしては面白くなくなる一方なんだけど(笑)。