私と青井柚希との関係が悪化していったのは、私が青井に一方的に恋愛感情を抱いたため──
ではない。
青井一派との戦争開始を決意し、準備を進めていた2025年9月アタマの時点では、私自身が、今回の問題の発端は私が青井に一方的に恋
愛感情を抱き、青井がそれを拒絶したこと、つまり私が青井にフラれたという個人的な恋愛≠ェらみの出来事だと誤認していた。このかんの
一連の経緯において私が最初に公表した文書である
「開戦宣言(未
遂)」にも、当然この誤認は反映されている。
しかしどうも違うのである。
くだんの文書を執筆していた時点で、私はまだ青井柚希という人間を過大評価(というか過良&]価)していた。しかしこのかんの、つま
り開戦以来の青井の言動によって明らかになってきたのは、
青井は決して無垢で善良な人間ではなく、むしろ狡猾で卑劣で計算高い、性
根の腐った根っからの極悪人であるということだ。
「開戦宣言(未遂)」執筆時点での私の認識は、青井は女子校育ち&長期引きこもりという生育環境のせいもあって、性経験どころか恋愛経
験さえなく、極度にウブでオクテである上に、自身も認めているとおりコミュ障のメンヘラであって、私と青井との関係が最も接近した
2024年夏の都知事選への介入パフォーマンスの渦中で恋愛的な磁場が発生していた際にもそのことにほとんど気づかず、意図せずして、青
井の側にも私に対する恋愛感情が芽生えているのではないかと私に誤認させるような間違ったサインを発してしまっていたのだ、というもので
ある。ウブでオクテにすぎる青井の側にも問題がないわけではないが、そこを責めても仕方がなく、基本的にはやはり、青井がそういうオボコ
い人なのだと気づかずに勝手に盛り上がってしまった私が愚かだったのだ、という認識でいた。
しかしやはり違う。青井が本当に、そこまで無垢で無邪気な人間であったはずがない。
すでに繰り返し指摘
してきたとおり、青井は一貫して自身が若い女≠ナあること(のみ)をウリにし、「陰核派」なるグループ名からしてそうであ
るように、常に性的な記号で自身を飾って注目を集め、仲間を集めようとしてきた。そんな青井が私に対してだけは性≠武器にはしなかっ
た、なんてことはとうてい考えられない。
今から思えば
青井柚希はやはり、性≠武器に私に取り入ろうとしていたのである。ハニー・トラップ≠ンたいなもの
で、私はまんまと引っかかってしまったということになる。
このような私の認識は、
「振り上げた拳をな
ぜ下ろしたか」で表明したような認識からもさらに変化している。くだんの文書で私は青井柚希を「病人」──重篤な精神疾患の
発症者だと規定し、私と青井の関係がこじれていった経緯についても、私が青井という精神病者を精神病者だと認識しないまま人間関係を深め
ようとして、青井の精神病に引きずり込まれる過程にすぎず、恋愛≠ナも何でもなかったと総括した。しかしこの認識もまだ本質を捉え損
なっていた。青井は間違いなく病人だが、その病気の質はもっと凶悪なものだ。
青井は青井で、私との間に一種の恋愛的な関係を構築しようとしていたのである。もちろん本当の恋愛ではなく、さすが頂
き女子りりちゃん≠フ信奉者を標榜しているとおり、私に対する青井のアプローチは要するに恋愛詐欺≠ンたいなものである。
青井の目的は最初から、青井自身の人生の謳歌である。私と決裂して以降の青井が、自身の活動を恥ずかしげもなく青春のやり直し≠ネど
と形容しているとおり、長い女子校生活や引きこもり生活のために存分に謳歌しえなかった青春を、改めて謳歌してみたいというのが青井の欲
望である。
理想的な人生、理想的な青春を謳歌してきた、あるいは現に謳歌し続けている理想的キャラクターとして、青井に目をつけられたのが私であ
る。そもそも青春時代に素直に青春を謳歌できなかった者には、青春を謳歌する才能がもともと欠けているのであって、青春のやり直し≠ネ
ど実はどうあがいても不可能なのだし、ましてそれを自力で実現することなどますます無理である。そこでともかくは理想的な人生、理想的な
青春を体現していると感じられた私に接近することが、青井の選択だった。私のそばにいれば、理想的な青春の分け前ぐらいには与れるだろ
う。
青春のやり直し≠欲望した青井柚希は、私に可能な限り接近することを望んだ。要するに
先生の一番のお気に入り≠ノなることが、
青春のやり直し≠謳歌するための一番の近道だと考えたのである。そして今ではもはや明らかであるように、青井柚希の唯一のウリは自分
が若い女≠ナあるということであり、先生の一番のお気に入り≠ノなるために、青井が私に対して故意に性的なアピールをしていなかった
はずがないのだ。つまり
恋愛的な磁場の発生は、青井がほとんど意図的に招き寄せた事態だったと現在の私は考えている。
青井は私との間に意図的に恋愛的な磁場を発生させたが、もちろん私と本当に相思相愛の恋愛関係になることを望んでいたわけではない。ツ
イッターで誰かが見事に云い当てていたように、
青井柚希は「奪うばかりで何も与える気がないタイプ」である。本当に恋愛関係になってし
まったら、青井は私との関係から一方的にさまざまの利得を引き出すばかりでなく、青井の側も私に何らかの恩恵(もちろん必ずしもカラダを
意味しない)を与えることを余儀なくされるということであり、青井柚希という人間にはそんなことはとうてい考えられないのである。
青井が私との間に望んでいたのは、いわば
疑似恋愛的な相思相愛≠フ関係である。青井は性的アピールによって私を誘惑
し、私はまんまとそれに引っかかるが、私は決して一線を踏み越えようとしてはいけない。青井は意図的に私が青井に対して恋愛感情を抱くよ
うに仕向けるが、私はその感情を露呈させてはいけない。私は内心密かに青井への恋情を募らせ、青井の気を惹こうと、青井のためにあれこれ
便宜を図り始めることだろう。こうして青井は私の一番のお気に入り≠ニなり、私の手から可能最大限の財産──私が謳歌している人生なり
青春なりの基盤、つまり私が数十年をかけて築き上げてきた、楽しげな活動を支えるインフラやネットワーク──を分け与えてもらえるはずで
ある。
青井のこの
身勝手でどす黒い野望が、ほとんど実現しかけていたことは、
「開戦宣言(未
遂)」を読めば分かるだろう。青井は私の一番弟子となって福岡に移住し、最側近として私の活動を支えるという話が、実現寸前
だった。青井がこれに乗っていれば、ポンコツのメンヘラばかりに囲まれて
青春のやり直し≠ニやらも相当痛々しいことになってしまっている現在とは段違いに、本格
的に青春を謳歌しえていたに違いないのである。
青井が計算を誤ったのは、私が青井と違って青春を謳歌する才能に満ちているのはなぜなのか、根本的に分かっていなかったためだと思われ
る。もともと青春を謳歌しまくってきた
私のような人間は、本質的に臆病であるために青春を謳歌できなかった青井などと違って、踏み
越えるべき時には、恥も外聞もなく平気で一線を踏み越えようとするのだ。30歳も年下の女に本気で恋をすることが恥ずかしい
とか、私はちっとも思わないし、思わないからこそ、青井が(一時は)心から憧れたほど私は人生を存分に謳歌しえているのだ。
私の本気の求愛に青井は狼狽した。
青井にとって私との恋愛はあくまで擬似的なものでなくてはならなかった。私と本当に恋
愛関係に入ってしまえば、「奪うばかりで何も与える気がない」という青井のスタンスは貫けなくなってしまう。
2024年夏以降、青井は私からの求愛を拒みながら、一方で、福岡に移住して私の活動を支える(それによって私の財産=インフラ&ネッ
トワークの分け前に与り青春のやり直し≠謳歌する)という選択肢を捨てきれず、およそ2024年いっぱい決断を迷っていた。青井は私
にしつこく云い寄られた≠ゥのように云うが、青井自身が私に対する態度を決めかねていたのであって、そりゃあ私の側だってまだ脈ありと
勘違いしてアタック≠続けもするだろう。
すでに
何度も説明してきたとおり、2024年秋に、私の旧い仲間
だった浜村真也が青井に接近し、青春のやり直し≠共に担ってくれそうな面々を(主に私の築いたネットワークから切り崩す形で)集めて
提供し始めたので、ようやく私との関係など切れても青春のやり直し≠ヘ独自に可能な気がしてきて、2025年アタマ、青井柚希は私に対
する訣別宣言をネットに公開したのである。
それまでさんざん世話になってきた経緯を考えれば、訣別を突きつけるにしてもネットで≠ナはなく直接に伝えるべきなのだが、
しょ
せん青井の築く対人関係など利用主義的なものでしかない。くだんの訣別宣言文書には「親愛なる師匠へ」などとあるのだが、言
葉が軽いのは青井の現在の主要なお仲間の1人であるアキノリ足軽未満と同様である。ネットで′黒ハ宣言を突きつけてポイ、などというの
はとうてい「親愛なる師匠」に対してとってよい態度ではないのだが、もちろんアキノリと同様、「師匠」などというのは口先だけのことで、
あれだけ世話になり憧れもしたはずの私でさえも、利用価値がなくなったと判断すれば平然と切り捨てるのが青井柚希という人間である。
私と浜村真也の利用価値を天秤にかけ始めた2024年晩秋あたりから、私に対する青井の態度は横柄になり始めた。アバ
タもエクボ≠ナそれまで青井を過良&]価していた私も、さすがに?≠ニ感じさせられる場面が多くなり、ちょうどその頃から、青井の
タ
ダ乗り頂き女子¢フ質について青井宛のメールなどでたびたび苦言を呈するようになった。
それは例えば、その頃はまだ青井の主宰する「陰核派」の学習会をBAR人民の敵で開催していたのだが、その際の青井らの傍若無人ぶりに
も表れていた。
一応、店である。他のお客さんも少しはいる。しかし、傍らに人無きが若し、なのである。うるさいし、他のお客さんに与えてしまう印象な
んか考えないし、しかもほとんど注文もせずに長時間、居座る。好意で場所を貸してやってるのに、青井らは一貫して我が物顔に振る舞う。身
銭を切ってその場所を支えているのは自分たちではなく他の誰かなのに、その誰かに対する敬意というものを青井らは一切持っていない。
私との関係がこじれ始めていたこととは関係なく、青井や浜村を含め(というより青井や浜村を筆頭に)青井グループの面々は常にそうで、
そのことを指して私は青井のタダ乗り頂き女子¢フ質であると苦言を呈し始めていたわけだ。
ところが青井はそうした批判を、フラれたことへの腹いせであるかのように解釈し、仲間たちにもそのように云いふらし始めた(アキノリ足
軽未満もこれに撹乱されて、もともと私の「弟子」などと勝手に称していたくせに、今回の抗争では最初から青井の側に与したのである)。
ちなみに同じ時期に「陰核派」の交流会のために場所を提供した、もちろん私とも近しい関係にある某飲食店の経営者も、青井らの傍若無人
な振る舞いに不快感を表明しており、青井に恋愛感情があろうがなかろうが、普通の人なら誰でも青井の傍若無人さには苛立つのだ。
私が批判しているのは青井柚希の態度≠ナある。姿勢≠ニ云ってもいいし、要はとことん利用主義的な人間関係の作り方を批判してい
る。もっと真面目に生きろよ、ということでもある。そうした青井の姿勢や態度が、周囲に多大な迷惑をかけるから、改めろと云っているの
だ。改めないなら、潰すぞ、と。
利用価値があると思っている間はニコニコして近づき、時に性的に誘惑してでも気を惹こうとするが、利用価値がなくなれば掌を返し
てポイである。今回の開戦まぎわの時期には、あれだけ利用した浜村に対してさえアタシが世話になったのではなくアタシが
50代の中年の世話をしてやってたのだ≠ネどと暴言を吐き始めた。
もはや人間のクズと云ってよいレベルだろう。私はそれを青井のタダ乗り頂き女子¢フ質だと云い、誰かはツイッターで「奪うばかりで何
も与える気がないタイプ」と表現した。
そういう悪質な人間が、例えば私が数十年をかけて築いてきたインフラやネットワークに寄生しようとし、その過程で人間関係をズタズタに
し、いい加減にしてくれという抗議の声を無視し、悪びれもせず平然としている。青井柚希に対して心底から怒り、運動<Vーンから完全に
排除しなければならないと考え、実際そのために奮闘している私は、
どこか間違ってるか?
これに対して青井柚希による私への批判は結局、私が青井に対して恋愛的に執着し、ストーカー的な嫌がらせを続けている、というものであ
る。青井が直接そのように公言しているわけではないが(私への私的なメールではそのようなこともさんざん書いている)、青井を直接に取り
巻く面々がそのように(のみ)私を非難し続けているのは、青井が周囲にそのように云いふらしているからに他なるまい。
しかし実は、
私に対して疑似恋愛的に執着しているのは青井柚希の側なのである。私は青井の運動≠ニやらのありようを批
判しているのに、青井があくまでもそれを私の個人的な恋愛感情に基づくものにすぎないと解釈したがるところにむしろ、青井の側の疑似恋愛
的な私情が露呈している。
青井は、私との関係を疑似恋愛的なものにとどめることを望んでいた。恋愛的な磁場はむしろ青井の側から故意に演出されていたが、青井が
私に求めていたのは、青井に対してせいぜい内心密かに恋愛感情を抱くところまでで、それを口に出したり、まして相思相愛≠フ関係を望み
始めることまでは、青井は私に許してはいなかった。青井は、青井が勝手に設定したこの線を、私が平然と踏み越えてきたこと、そしてそれに
よって
青井がもともと思い描いていた、先生の一番のお気に入り≠フポジションを確保することで私から最大限の財産分与≠引き
出したいという野望が破綻させられたことに、今なお怒り、こだわっている。
それが青井の私への憎悪の正体であり、つまり
疑似恋愛感情を成就しえなかった恨みに基づく私への執着である。そうでない
ならもっと淡々と、私からの批判に対する釈明なり正当化なりを試みることも可能だろうに、このかん青井はそれを一切していない。
そもそも、
9月12日に青井が私に対して示したような態度が、私に対する疑似恋愛
的な執着なしに可能であるはずがないではないか。