私と
775りす≠アと青井柚希との間に生じている深刻な対立に関して、初期の恋愛が
らみのイザコザはまったくどーでもいい、些細な問題である。本質は青井による私の運動に対する
乗っ取り″s為、そしてそ
の背景を成す青井の
忘恩%I態度である。
青井は2023年の年末から2024年の年始にかけて開催した第32回「教養強化合宿」の参加者である。
そもそも「教養強化合宿」、通称
外山合宿≠ノよって、参加学生たちは何を得られるのか?
1つにはまず、教養強化″宿なのだし、
圧倒的な教養である。とくに人文系や芸術系の学問領域において、左翼運動史に
関する詳細な知識は前提となっているべきものだが、それを体系的に身につけられる場は現在の学校教育、アカデミズムの枠内には存在しな
い。不可欠の基礎知識を欠いたまま応用問題に取り組んでいる(つもりでいる)のが現在の大学でおこなわれている人文系・芸術系の学問
とやらの実態であり、むろんろくなものではない。私が常日頃から「日本の大学は全部Fラン」と断言している所以である。おそらくはもはや
教授たちの側も含めて、人文系・芸術系のアカデミズムはアホの巣窟なのである。
もちろん合宿では、狭義の左翼運動史あるいは左右の革命運動史のみならず、大衆音楽や演劇や前衛美術の歴史などもすべて関連づける形で
詳細にレクチャーされる。合宿参加以前と以後とでは、学生たちの近現代史に関する解像度も視野の拡がりも、まったく比較しようもないぐら
い格段に違ってくる。
それらの歴史知識は、独学では絶対に身につかない。全共闘以後≠フ世代でそれらを十全に理解しているのはどうやら私だけだし、全共
闘以前≠フ世代は、それらの知識を持ってはいてもそれを後続の若い世代にどう説明すればよいか皆目分かっていない様子だからである。独学
して左翼運動史にそこそこ詳しくなっていたつもりの学生であっても、合宿に参加すると自分がいかに無知であったかを悟る。現状、若者たち
には私を通して以外に正しい歴史認識≠身につける回路がない。
もちろん、私が合宿で喋りまくる内容が身になる≠ゥどうかは、個々の学生の側の学ぶ姿勢≠ノよる。
外山合宿≠ノ身を投じて
くる学生たちの大部分は、現在の学生の平均値から見れば(少なくとも問題意識や向学心において)圧倒的に優秀なのだが、それでもまあ
毎回1割ぐらいはポンコツも混じる。そのポンコツさというのは合宿初日時点での知識レベルなどは関係がなく、何のために参加
してるのか意味不明な、要するにやっぱり学ぶ姿勢≠ェないとしか云いようのない連中が一定混じってしまうのである。感覚的に云えば、こ
ちらが何を話そうとまったく打っても響かない=A徒労感を感じさせられるばかり、という手合いは、毎回1人か2人は含まれている。
そういう1割ぐらいのポンコツ学生を除いて、参加学生たちの大半は、合宿で伝授される歴史知識を貪欲に吸収し、合宿に参加して良かった
と大いに満足して巣立っていく。優秀な学生たちにそれだけの意義を感じさせる濃密なレクチャーを、私は完全無料で提供しているのである
(参加費はもちろん宿泊費や食費さえ徴収せず、毎回10数人ぶんの食べ盛りの若者たちの、10日間の食費や光熱費を私の側がすべて負担し
ている)。
私は10日間、ほとんど1日じゅう喋りっぱなしだし、後半は喉が痛くなり声も涸れてくる。革命家の体力は無尽蔵だとはいえ、50代半ば
にもなってこんなことを完全ボランティアでやってる私はやはり異常なのだろうという気はする。2025年8月前半の合宿では、期間中に大
量下血して貧血で倒れ、救急搬送されながらも、かなり無理を云って病院は1泊で退院し、合宿所に戻ってカリキュラムを最後まで完遂した
し、そこからわずか1週間の間をおいて始まった8月後半合宿では、毎朝まず病院に行って血中ヘモグロビン濃度を正常値まで上げるための注
射を打ってから、フラフラしながら連日の講義を続けた。
私がこんなことを続けているのは、当然ながら私の側にもそれなりの思惑があってのことではある。このろくでもない社会を変革するために
は、まずは優秀な若者たちを増やさなければならないと考え、かつ私にはそれに寄与する能力があると自覚しているから、迂遠だなあとも思い
つつコツコツと合宿の開催を続けている。合宿は何よりも、この社会をどうにかしたいという私自身の利益のためにある。
とはいえ、
私が自分のためにやっているにすぎないのだから、合宿に参加して他では絶対に得られないような知見を膨大に身につける
ことができた学生たちは、べつに私に一切感謝する必要はない、ということにはならないよね?
そして学生たちが外山合宿≠ノ参加することで得られるもう1つの重要なものは、いわゆる
外山界隈≠ヨの参入資格であ
る。実は看板に掲げている教養≠謔閧烽アっちのほうが、参加学生たちにとってこれ以上はないほどのメリットとなっている。
合宿に参加する学生たちの多くは、問題意識を自分と共有してくれる同世代の友人を持てないことに悩んでいる。しかし外山合宿≠ノ参加
すれば、互いの問題意識をぶつけ合える同世代の友人を、まず合宿期間中に早くも10人ほど、しかも全国各地に持つことができる。歴代の
OB・OGたちもネットワークされているから、合宿修了後はそこに参入していくこともでき、
ちゃんと話し合える¢S国各地の同世
代の友人は一気に数百人規模となる。
経験のある人もいるだろうが、合宿を経ずにこの外山界隈≠フネットワークに参入しようとしても、合宿出身者との圧倒的な教養≠フ差
を思い知らされ、とうてい対等な存在として自分が受け入れられることはあるまいと絶望するはずである。つまりまずは合宿で最低限かつ膨大
な教養≠身につけることが、外山界隈≠ヨの参入のためのパスポートの役割を果たしているのだが、参加学生たちの多くにとって、合宿
に参加する最大のメリットは、合宿それ自体によって提供される教養≠フ部分ではなく、それをパスポートとして外山界隈≠フネットワー
クに参入する資格を手にすることだろう。
そもそも打っても響かない<^イプ、もとよりご縁がなかった≠チぽい約1割の闖入者たちを除いて、9割方の合宿出身者たちは私に感
謝してもしきれない、返しようもないほどの恩義を感じているはずだし、感じているべきである。
青井柚季はまさしく忘恩の徒≠ナあり、単に忘恩というだけでなく、
恩を仇で返す¥葛ニを全面的に展開している、合宿
史上最悪の欠陥品と云える。
もちろん
青井も合宿修了直後は私に大いに感謝しており、例えば合宿から数日を経た2024年1月7日には、合宿について
「日本の最高学府です!!」とツイートし、さらに4ヶ月ほどを経た同4月29日の時点で
も、
「人生つまらなくて発狂しそうと思ったけど、外山合宿行ってから普通に楽しい」とツイートし
ている。それが1年あまりを経た2025年7月23日のツイートでは、
「外山恒一とか外山合宿とか全面的にカスなのだが」云々ということになる。これだけで青井
が忘恩の徒≠ナあることは明白なはずだ。青井が最初から打っても響かない<^イプで、そもそも恩≠ネど感じてなかったのなら忘れ
る♂カもなかろうが、ある時期までは大いに恩義を感じていたようであるからこそ忘恩の徒≠ネのである。
青井が私に対してはっきりと訣別を宣言したのは、2025年の年頭、自身が運営する「陰核派」のサイトに公開した私への誹謗中傷文書に
おいてである。以後、私は青井に対して、私を誹謗中傷しながら外山界隈≠フネットワークに引き続き寄生する形で運動≠展開しようと
するのはやめてくれ、と要請し続けてきた。恋愛♂]々は関係ない、当然の要請であるはずだ。なんというか、
ムシが良すぎる。
青井は私の要請を徹底的に無視し続け、以後現在に至るまで、
外山界隈≠ノ便乗し、それを切り崩す形で「陰核派」の活動を展開し
ている。今回の戦争≠ノ関しても、青井は当初、望むところだ!%Iに威勢のいいポーズを見せていたが、推移を見ている人には云うまで
もなく、要するに引き続き私からの批判や攻撃を無視し続ける≠ニいうのが青井の作戦のようである。そうすればまるで私が独り相撲をやっ
ているような印象になり、労せずして戦争≠ノ勝てると踏んでいるのだろう。
ツイートを遡れば分かるように、青井は
合宿参加以前の段階で私の思想的影響下にあり、合宿参加以降はほとんど私の信奉者の
ようになっていた。それが2024年7月、恋愛がらみのスレ違いで私と青井の関係は悪化し始めた。その直前の段階で、青井は
2025
年春から福岡の私のもとに移り住む決意を表明していたのだが、青井は躊躇し始め、しかし2024年晩秋まで、あるいは
2024年いっぱいは、福岡に移住して私の活動を補佐するという選択肢に未練を持ってもいた。
その未練は、要するに青井は
私との協力関係なしに独自の運動を立ち上げ、軌道に乗せることに自信がなかったことに由来し
ていたと思われる。実際、青井が主宰する「陰核派」は2024年秋の段階で、大半が外山界隈≠ツまり合宿出身者という構成で、数人規模
の読書会・学習会をちまちま続けている、という以上のものではなかった。ネット上で公開していた機関紙≠焉A執筆者はほぼ全員、合宿出
身者たちだった。「陰核派」の活動をさらに活性化させるためには、少なくともその時点では、私のもとに身を投じる以外に方向性は見出だせ
なかったはずである。
ところがそこに
学対≠アと浜村真也が闖入してきた。すでに
別のところで
書いたように、私の10代後半から20代初頭にかけてのメインの同志の1人で、以後もともかくは友人ではあり続けてきた元活動家≠ナあ
る。浜村は運動≠離れて久しく、また精神を病んでもおり、50代半ばにさしかかって、このまま無為に人生を浪費し、何者でもないた
だの人≠ニして終わってしまいそうなことに危機感を覚えていた。長い鬱状態からいきなり躁転≠オた浜村は、運動<Vーンへの復帰を夢
見るようになったが、もはや自力で独自の運動をゼロから築き上げる気概も能力もなく、ずっと友人関係が続いていた私がこの約四半世紀をか
けて築いていた若者ネットワークの存在に目をつけた。合宿出身者に多い、何かやりたいのだが何をしていいか分からない℃瘤メたちの前
に、いわばアドバイザーとして登場し、活躍することができるのではないかと夢想したようである。
浜村の登場は2024年10月頃のことである。
私も当初は古い友人の運動復帰≠歓迎し、浜村と合宿出身者たちとを結びつけることに協力しさえしたが、やがて
浜
村の暴走が目に余るようになり、合宿出身者ネットワークへの介入を中止するよう求める立場へと転じた。しかし浜村は、完全に
躁状態に突入しており、
40年来の友人である私のほとんど懇願的な要請にまったく耳を貸そうとせず、ますます界隈≠ヨの介入に精
を出した。
浜村は「陰核派」以外のいくつかの合宿出身者たちのグループにも介入を試み、当初これを温かく迎え入れているグループもなくはなかった
が、要は躁を発症しているだけであって端的にウザい≠フで、とくに首都圏の合宿出身者たちの多くは浜村を疎ましく感じるようになった
(浜村と日常的にじかに接する機会のない、首都圏以外の合宿出身者の中には、いまだに浜村の悪質さを見抜けず、関係を維持している者もあ
る)。2025年春頃には、
浜村との関係を維持しているのは、首都圏では「陰核派」というより青井個人のみとなったが、青
井は浜村との関係を単に維持するのみでなく、関係をますます強化していった。躁状態の浜村は、新宿駅前の路上交流会「駅前アジト」をはじ
め、さまざまの企画を矢継ぎ早に青井に提起し、それを青井が愚直に実践することで、「陰核派」の活動は少なくとも表層的には活性化し始め
た。
要するに青井が2025年に入ってまもなく私に訣別宣言を突きつけたのは、
浜村と組んでいれば、私なしでも自身の活動を活性化さ
せることができるという自信をつけたからである。それはそれでいいじゃないか、という人もあろう。私も、もし青井が外山界
隈≠サれ自体と無縁な場所でそれをやっているなら、これほど激怒しない。
浜村によって外山界隈≠侵食させながら、それ
をやっているから激怒しているのである。
浜村のツイッター・アカウントを
覗けば、浜村が現在も、いくらか社会派チックな問題意識を持ち合わせていそうな若者たちのアカウントに盛んにリプライを飛ばし、接触を図
ろうとしていることが分かるだろう。それらの若者たちの大半が合宿出身者であることは、もはや説明するまでもない。浜村は、もともと引き
こもりタイプのメンヘラである青井と違って、行動力があるしヒッチハイクの天才でもあるから、わざわざ関西など遠方まで出かけていって合
宿出身者たちとじかに接触する、などということまで繰り返す。再三やめてくれと云ってきたのに、もう聞く耳を持たない。そして
青井
は、浜村のそういう行動を放置・黙認し、浜村が勝手にやっていることでアタシがやらせているわけではない、などと責任逃れをして、そ
の実ちゃっかり浜村が一本釣りしてきた合宿出身者たちを次々と「陰核派」や「駅前アジト」に組み込んでいく。
青井・浜村は、私の07年の都知事選以来のメインの同志である
山本桜子さえ、私のもとから引き離して自陣営に取り込もうとしてい
た。私が青井と揉め始めた当初のきっかけが恋愛問題であること(だけ)を強調して、青井と同様やはり男性嫌悪の傾きのある山
本の同情を引き出すという戦法である。山本は半ば取り込まれつつあり、説得して私のもとにつなぎ留めることには大いに苦労させられた。
今やすっかりチン騎士♂サして青井のボディガードを気取っているアキノリ足軽未満も、合宿出身者ではないが、そもそも私の弟子≠
勝手に称していた外山界隈≠フ一員である。徹頭徹尾しょーもない奴なので、むしろどうぞ私から離反させてそちらの仲間にしてやってくだ
さいという話でしかないのだが、青井界隈≠フ中心的な部分が結局は外山界隈≠ゥら切り崩された連中によって担われてことを示す証左の
1つではあろう。
やはり20年近く続いていた思想家・千
坂恭二と私との友好的な関係も、青井らが千坂を味方につけ、ツイッター上で私を攻撃させ始
めたことによって破壊された(もちろん青井は、これまたアタシがやらせたわけではない、と逃げるだろう。しかし対立の泥沼化
を望まないのであれば、青井は千坂の暴走を止めるべきだった。
周囲を勝手に暴走≠ウせることで利益を得るというのが、青井のいつ
ものやり口である)。これもまあ、もともとこの10年間ほど、千坂が私のごく身近な女性の1人にもちろん恋愛的に粘着して、
その女性を私から引き離すために(私が全共闘運動の唯一の遺産継承者となりつつある状況が不愉快だったというのもあるように思うが)陰で
私の悪口を云いまくっていたことを私は知っており、内心ムカつきながらも表面上は千坂との友好関係を装っていたにすぎないから、却ってせ
いせいした、というところもある。そもそも千坂など、いくらその思想がすごいと云っても同じ昔話を延々と繰り返しているだけで、すでに書
き残してくれたものを読めばそれで充分という、今なお現役の私とは大違いの終わった人≠セし、どうせあと何年かすれば世の中から不可逆
的にいなくなるんで、まさにどーでもいい。
とはいえ、私と千坂の良好な関係の破壊は、
思想史上の暴挙とさえ云える。さらに云えば、千坂が私の身近な女性に対してお
こなった性加害≠フ数々は、私が青井に対しておこなったこと(せいぜい、告白≠ェ成功したと勘違いした末に1度だけ手を握ったこと)
など霞むほどに悪質・卑劣なものであって、青井はそのことを私の周囲から聞かされていた。性加害≠根拠に私を非難するなら、それ以上
に千坂を非難し、全力で遠ざけなければならないはずであり、要するに私に対する青井の非難はためにする=A御都合主義的なものでしかな
い(これは青井についてのみならず、今回の件で私を非難しながら引き続き千坂を取り巻いてる、ゴミカス連中についても云えることだ)。
青井らは私の東京出張拠点である高円寺の
BAR人民の敵にまで工作をかけてきていた。日替わりバーテンの1人(もちろん
合宿OB)を「陰核派」の中心メンバーとして取り込んだのである。そのことは早い段階で察知していたので、こちらもそのスパイの言動を通
じて青井側の内情を探っていたが、当然こちらの情報も向こうにだいぶ漏れただろう。スパイ店員は、店内の防犯カメラを使って、自分が不在
の他の日替わりバーテンの日にどんな会話がおこなわれているか探ることまでしていた。
さらには、やはり
合宿OBが運営する新宿のバーに、「陰核派」の中心メンバーで青井とシェアハウスで同居してさえいる真槻梓(偽
名)を店員として送り込む謀略が進んでいる。
真槻もまた合宿出身の1割方を成すポンコツ系のOBでもある。そのバーは首都圏の合宿出身
者たちの主要な交流拠点と化しており、青井らが性懲りもなく外山界隈≠フ乗っ取りを図っていることは明らかだろう。ちなみに真槻をくだ
んのバーに送り込むというアイデアは、浜村真也の入れ知恵によるという。
青井らは(というより例によって浜村が暴走≠オて勝手に)、2025年9月初旬以来、「駅前アジト」への参加勧誘ビラを街頭に貼り始
めているが、ざっと調査したところ、9月末の時点でそれらが貼られていたのは、新宿の左翼書店・模索舎前以外では、先述の
合宿OB
の新宿のバーのごく周辺と、BAR人民の敵のある高円寺の駅北口のロータリーのみだった。青井らがどう云い繕おうと、外山
界隈¥謔チ取りの意図はこれだけでもう露骨すぎるほど明からさまではないか!
私は昨年末頃から、青井宛のメールなどで、他人が苦労して築いたインフラやネットワークへのタダ乗り頂き女子¢フ質への苦言を呈する
ようになり、今年アタマに青井の私への訣別宣言(というか誹謗中傷)が公然とおこなわれたこともあって、今年2月以降ははっきりと外山
界隈≠ヨの寄生をやめるよう通告し始めた。しかし青井は姿勢を一切改めないばかりか、単なる依存・寄生を超えて、青井らの動きは
はっ
きりと悪意を持った外山界隈¥謔チ取りの様相を帯びるようになってきた。もはや私の抗議に青井はまったく耳
を貸さず、ごく稀にあるメールでの返信も、日を追うごとに嘲笑・愚弄の調子を帯びてきた。
先日公開した、
2025年9月12日の新宿「駅前アジト」における私と青井の直接対決%ョ画を
観れば明らかな、青井の私への失敬きわまりない態度は、したがって基本的には今年に入って以来ずっと一貫したものである。
この態度
で半年以上も応接され続けたら、そこに至る経緯がどうであれ、誰だって激怒するはずだ。
ちなみに青井は、今年アタマに公開した私への訣別宣言(誹謗中傷文書)において、私への不信と対比する形で浜村への絶大な信頼を語って
いた。今思えば、まだ恋愛感情に囚われていた私を大いに嫉妬させ、歯噛みさせてやろうという、まさに
女にありがちな残酷な意図が
込められてもいたと思う。
その青井が、それからまだ1年も経たない今年9月6日の私宛メールでは、浜村を「私たちにとっては単なる協力者にすぎない」などと軽ん
じ、「彼の躁期間の振る舞いについては陰核派メンバー一同もうんざりしており、少しずつですが距離を取ってきました。今後の展開次第では
協力関係をやめると思います」と
切り捨ての方針をチラつかせる始末なのである。
ツイッターでも9月7日には、「駅前アジト」をはじめ「陰核派」の活動とやらを軌道に乗せるに際しての唯一最大の功労者と云ってよいは
ずの浜村に対して、自分の側が世話になったどころか、
「所詮枯れていくだけの『おぢ』に生きがいを与えてやったのだ」などと完全に嘲笑・罵倒し
ている。「生きがいを与えて」もらった以上、浜村のような「おぢ」など、アタシのような若い女≠ノ「無条件に搾取されてもなんの文句も
言え」ないのだそうだ。私が
「恩知らず」と罵倒すると、
「恩義などというのはヒューマニズムの論理であって、党派にはそんなもの関係がない笑」とご丁寧に
も「笑」つきで返してきた。
「学対は陰核派なしで活動できるのか?笑/陰核派は学対なしでも『青春』を継続できる これが全
ての答えだ」とのことである。そりゃあ現在の「陰核派」は、浜村なしでも活動を継続できるだろう。しかしそれは、浜村なしで
も活動できるような態勢を他ならぬ浜村が整えてくれたからだ。それなのにこの横柄な態度。
人間のクズである。
要するに浜村も、カワイソウに私と同じ目に遭いつつあるわけだ、同情はしないし見捨てられてまた鬱転≠オて自殺でもすりゃあいいと
思ってるけれども。
青井は、浜村の登場によって、それまでさんざん世話になった私を切り捨てても自身の
イッチョマエの活動家として自己実現した
い!≠ニいう欲望を達成しうると見るや躊躇なく私を切り捨て、今度はもはや浜村の協力がなくてもそれが可能な状況が作られた
と見るや、やはりさんざん世話になった浜村を容赦なく切り捨てようとしている、という段階である。
青井の
醜悪で肥大した病的な自意識のありようは今や明らかではないか。
青井は私が青井を「病気」認定したことをもって、私からの批判に一切応答しなくても許されるかのように勘違いし、というよりアタシは今
のままでよくメンドくさいことは一切したくないという怠惰を正当化しているようなのだが、自分が「病気なんかじゃない」と云うのならなお
のこと、
この約10ヶ月にわたって私に対しておこなってきた不義、忘恩、挑発、嘲笑、愚弄、乗っ取り″動その他、一連のろくで
もない言動について、青井には政治的・思想的に℃゚明してみせる義務がある。それができないのであれば、そもそも活動
家≠ネど名乗る資格はなかろう。
青井柚季のような不義・背信の徒を運動<Vーンから放逐することは完全に正義である。
この期に及んで、外山vs775りす≠フ抗争でどちらに与する気にもなれないなどとほざく手合いは、全員ポンコツかメンヘラかポリコ
レ派のヘサヨに決まっており、即座に私のもとを離れていってくれてかまわない。
2025年9月12日の私と青井の直接対決%ョ画を観てなお、まともな人間ならそんな煮
え切らないことを云うはずがない。
心ある諸君は、今や明確に私の側に与し、「陰核派」打倒の聖戦に参画せよ!